お嬢様、今宵は私の腕の中で。

「今、なんて言いました?」

「……いや、えっと」

「────もう一回言って」


敬語が外れて、ドキッとする。

視線を上げると、翡翠の瞳がこちらをまっすぐに見つめていた。


「……」


押し黙っていると今度は、ひまり、と名前を呼ばれる。


「今の言葉、もう一回」


今のは無意識で、と言おうとして、口を結んだ。


……きっと今のは私の本心。


言葉にしようとしなくても溢れ出るもの。

それこそが、本当の気持ちなのだと気付いたから。


「……好きだよ」


澄んだ瞳を見つめながら、想いを言葉にのせる。


光月は繋いだ手を引き寄せて、まだ小さいその腕の中に私を閉じ込めた。


何も言わず、この時間を噛みしめるように、強く、優しく。


「……結婚なんて、したくない。助けてよ、九重……」


駄目だと分かっていたのに、私の唇は勝手に言葉を紡いでしまった。

ハッと目を見開いた光月が、私の顔を覗き込んでくる。

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