お嬢様、今宵は私の腕の中で。
「……すず、あなた何か考え事してる?」
「え」
「その顔はしてるでしょ。今は裁縫だけに集中しないと。あなた、どちらもできるほど器用じゃないんだから」
姉というのは、長年離れていても妹の性格を理解しているらしい。
恐ろしい相手だ。
「……まったく。何のことを考えていたのよ」
「それは」
言い淀んでいると、言ってみなさい、と針を置いて訊ねてくるお姉ちゃん。
仕方なく、白状することにした。
「実は、九重の名前を思い出そうとしていて」
結局、名前を導き出せないまま、1ヶ月が流れてしまった。
わたしとて苦手な裁縫中にも考えなければならないほどには、焦っているのだ。
「下の名前?」
「そう。あ、待って。お姉ちゃんは知ってても言わないで」
慌てて忠告すると、お姉ちゃんはふるふると首を横に振った。
「私も知らないわよ。光月の名前だって、執事でいてくれる間は知らなかったんだもの」
となると、やはりわたしは自力で九重の名前を導き出すしかなさそうだ。