お嬢様、今宵は私の腕の中で。
「ううん。ない」
『たしか、すずちゃんの猫ちゃんの名前だよね。九重さんは多分、ルナちゃんが女の子だから月の女神とかけてルナにしたんじゃないかな』
「あんた天才だわ。ありがとう」
雪乃さんを褒めちぎって、晶さんは電話を切った。
「だって。九重さんのこと、昔は『つきくん』って呼んでたんでしょ?ってことは、名前は十中八九『ここのえ つき』だよ」
たしかに九重はイタリアに長年いたというし、十分納得できる。
でも、何かが足りないような気がした。
幼い時のわたしは、名前を聞いた時いったいどんな反応をした?
『────おんなじ、だね!』
ふと、記憶の何かが頭の隅を掠める。
それなのに、明確に思い出せないのがもどかしかった。
いったい何が同じなの?
思い出せない自分自身に苛立ちが募る。
「ちょっと、大丈夫?」
ポンポンと肩を叩かれて我に返った。
晶さんが心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。
「あ、うん。大丈夫」
「難しい顔して、どうしたの」
「ちょっと、思い出したことがあって」
断片的でしか、ないけれど。