お嬢様、今宵は私の腕の中で。

「思い出してくださったのですか」

「うんっ。全部思い出したよ」


一歩ずつ、一歩ずつ。

その距離を縮めていく。



『俺は鈴月。すずちゃんの名前が、俺の名前の中に入ってる』

『おんなじ、だね!』

『そう。だから、そんなに泣かないで。離れていても、俺たちはいつだって一緒だから』



記憶が、蘇ってくる。

夢じゃない。本当にあった過去の出来事。


つきくんとの、九重との────鈴月さんとの記憶だ。


「すず」



今までで1番柔らかく、痺れるほど甘い声で名前を呼ばれた。

どくっと心臓が大きく鼓動して、それからトクトクと甘い音を刻んでいく。


「────おいで」


鈴月さんが全てを言い終わる前に、わたしは走り出していた。


その胸に飛び込むと、強く抱きしめられる。

ふわり、とシトラスの香りがした。


「おかえり」


広い背中に腕を回すと、優しく頭を撫でられる。

密着しているせいで、トクン、トクンと、鈴月さんの心臓の音も聞こえてくる。


「ただいま」


ずっと聞きたかった声。

待っていた香り。


会いたかった人。


存在を確かめるようにぎゅっと抱きつくと、それよりも強い力で抱きしめられる。


「会いたかった……」

「わたしもだよっ」


しばらくそうして抱き合っていて、ふいに鈴月さんが腕の力を緩めた。
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