お嬢様、今宵は私の腕の中で。
*
「……り、りつ」
口を開いて、閉じて。また開けて、閉じての繰り返し。
先程はほぼ勢いで呼んでしまったところがあるから、落ち着くとどう呼んでいいのか分からない。
眉を寄せていると、クスリと小さな笑い声が降ってきた。
「鈴月、でよろしいですよ」
「でも……」
「私はもう執事ではないので、名前で呼んでくださる方が嬉しいです」
「えっ」
聞き捨てならない言葉に声を上げる。
「執事じゃないって、どういうこと……?」
「イタリアに行ったのは、執事職を辞めるためです。学校に報告したりこれからのことを話したりと忙しく、結局1ヶ月滞在することになりましたが」
「そう、だったんだ……」
ということは、もう「九重!」なんて気安く呼べる相手じゃない。
ただの、ではないと思うけれど、今や、執事ではない普通のイケメン男性だ。
なんだか変な感じがする。