お嬢様、今宵は私の腕の中で。
「ありがとうございます」
「ありがとう、瑠夏さん」
2人でお礼を言うと、瑠夏さんは「幸せそうで何より」と顔を綻ばせた。
「せっかくの2人の時間ですもんね。挨拶もできたことだし、そろそろ向こう行きますね」
晶さんを引きずるようにして、瑠夏さんはわたしたちの前を離れていった。
2人きりになったところで、鈴月さんが「すず」とわたしの名前を呼んだ。
「渡したいものがあるんだ。こっちに来てくれるか?」
……なんだろう。
首を傾げながらその背中についていく。
鈴月さんが歩くたびに、サラサラの黒髪が揺れている。
屋敷を出て、鈴月さんが向かったのは、大きな桜の木がある庭だった。
ここはわたしとつきくんが別れた場所であり、わたしと鈴月さんが再会した場所でもある。
頭上には大きな月が煌々と光を放っている。
「寒い中、連れ出してすみません」
首を横に振る。
鈴月さんは、ふ、と息をついて、月を見上げた。
「今宵も月が綺麗ですね」
「うん。本当に綺麗」
しばらく月を見上げる。
時折流れてくる雲に隠れそうになるけれど、見えなくなることはなく、美しく光っている。
「お嬢様」
懐かしい呼び方に振り向くと、いったいいつのタイミングで持ってきたのか。
鈴月さんは、一本の薔薇を持っていた。
辺りが暗くてもわかるほどに、真っ赤な薔薇。