お嬢様、今宵は私の腕の中で。
「わたし今とっても幸せだよ。ありがとう、九重。それと……」
少し後ろを歩く九重に向かって、ちょいちょいと手招きをする。
「並んで歩いてほしいの、わたしと」
九重も貴船も、いつもわたしの後ろを歩く。
たぶんそれが執事や使用人としてのルールなのだろうけど、わたしはやっぱりとなりに並んで歩いてほしい。
九重はわずかに目を開いて、それからふるふると首を横に振った。
「なりませんよ、お嬢様。お嬢様のとなりを歩くのは、特別な存在の方だけです」
その言葉が、将来の旦那様を指していることぐらい分かった。
だけど。
「それなら、九重はとなりに来ても大丈夫だよ。だって、九重はわたしにとって特別なんだもの」
九重だって、わたしにとってはもう特別な存在なんだ。
今までの使用人とは違う、初めての専属執事。
特別な理由はそれだけじゃなくて、だめだと分かっていても、ふと見せる優しさや魅惑の笑みになぜだか惹かれてしまう。
「お願い。今までわたしは人と並んで歩いたことがないの。ひとりぼっちは寂しいよ」
だから、お願い……。
すがるように視線を向ければ、ふ、と小さなため息が返ってきた。
「そういうところ……」
くしゃっと強引に髪をかきあげて、九重はわたしを見据えた。
うわぁ、色気全開だよ……。
途端に心臓が甘い心音を奏でる。