お嬢様、今宵は私の腕の中で。

「綺麗だな、って思って」



────紅葉が。


決して九重がじゃない。


もし九重が勘違いして訊いてきたら、そのときは言ってやるんだ。



「紅葉のことだよ?自分のことだって勘違いしたの?」って。



そうすれば、慌てふためく九重を見ることができるだろう。


咄嗟に出た言葉だったけど、我ながらなかなか良い作戦だと思う。


さあ、どう出てくる?


じっと様子をうかがっていると、九重は一瞬フリーズして、それからゆったりと笑みを浮かべた。



「お嬢様にそんなふうに言ってもらえるなんて、嬉しいです」



……あれ?


それはどういう反応なの?



はやく聞き返してきてよ。

慌ててよ。


もしかして今、わたしが九重の容姿を褒めたみたいになってない?



九重の頬は、心なしかわずかに桃色に染まっているような気がして。


余計に焦りで、繋いだ手に力がこもる。



「も、紅葉のこと、だからね……!」



うわずった声が口から洩れる。


すると、九重はにやりといつものように口角を上げた。



「分かっていますよ、お嬢様。わざわざそんな訂正を挟むということは、紅葉の他に綺麗なものがあったのですか?」

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