お嬢様、今宵は私の腕の中で。
「猫ちゃん……!」
気づいた時には、身体は動き出していて。
猫は水嫌いで好んで泳ぐことはないにしても、犬かきのようにして一応泳ぐことはできる。
けれど、まだ小さい白猫は焦ったように鳴きながら、助けを求めているように見えた。
「お嬢様!」
後ろで九重の声が聞こえたけど、止まることなく走る。
肩のあたりまでのフェンスを飛び越して、池に近づく。
「にゃー!」
漆黒の瞳でまっすぐに見つめてくる黒猫に、分かっているよ、とうなずいて、池に足を踏み入れた。
い、意外と、深い……?
立った状態なのに胸の辺りまで水がある。
そりゃ、池だからそうだよね。
浅瀬じゃないことは分かってたんだけど。
……って、今はそれどころじゃなくて。
なんとか前には進めそうだから、早く助けに行かなくちゃ!
白猫は、もがいたせいで身体が流されて、岸まで少し距離があるところにいる。
なんとか白猫のところまで辿り着き、その小さな身体を抱き上げた。
「にゃーん」
頭を撫でてやると、甘えるように身体をすり寄せてくる。
「もう大丈夫だからね」
そう言って引き返そうと振り返り、一歩前に出たとき。
「うわ……っ!?」
突然右足に痛みが走り、がくっと膝から力が抜けた。
え、なんで……?
そんなことを考える暇もなく、あっというまに顔は水面の下に。
力を入れようとしても、全く足に力が入ってくれない。
うそでしょ……?
わたし、ここで死んじゃうの?
冷静にならなきゃって思うのに、焦りだけがどんどんつのっていく。
水を飲まないように固く閉じた口も、身体は正直に酸素を求めて言うことを聞いてくれなくて。
無意識に空いた口から、水が流れ込んでくる。
「う……くる、しっ……」