お嬢様、今宵は私の腕の中で。

「し、失礼致します……」



自分らしくないなんとも弱々しい声音だけれど、これはさすがに仕方がないと思う。


だって、この凍てつく空気感。


信じられないくらい、怖いんだもの……!!


なるべく音を立てないように、そろりと座る。


そうして、お父様が椅子から立ち上がり、わたしと対面するようにソファーに座った。


その隣にお母様も優雅な所作で座る。


わたしの隣では、貴船が落ち着かないようすで拳をぎゅっと握りしめながら立っていた。



「すず」

「は、はいっ」



名前を呼ばれて、身体がびくんと飛び跳ねる。


……ああ、ついに。


お父様から、決定的な言葉を言われてしまうんだ。


これからやってくるであろう衝撃に備え、固く目を閉じる。


────もしも神様がいるのなら。


これからはお稽古もサボらずちゃんと行くし、いい子になりますから、どうか。


どうか、わたしを救ってください……!


今更届くはずのない祈りを、きっと助けてくれるであろう神様に捧げる。



「すず、お別れだ」



や、やっぱり……!


お父様の声が、はっきりと耳に届く。


お願いしたのに。祈ったのに。


神様、ひどいよ……!


想像していた最悪の事態が、ついに現実になってしまった。


わたし、これからいったいどこに行ったらいいの?


苗字も"桜"じゃなくなって、これからは"すず"っていう名前だけで生きていくの?
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