私の彼氏は幽霊になった。
初めてのお泊り
「え? 今日帰ってこないの?」
あっさり切られた電話を見つめて呆然。
「ん? どうした?」
ソファでテレビを見ていた優斗が振り向く。
「今日お父さんもお母さんも帰ってこれないみたいで...」
「え、なんかあったのかな?」
「ううん、仕事が大変みたい。明日の昼帰るって」
「ふーん...そっかぁ」
予想していなかった展開に正直戸惑いを隠せない。
だって、両親がいない=いつまでもいていいってことだ。
「今日さ、夕夏の家にいてもいい?」
「と、泊まるってこと?」
「うん。一緒にいたいなぁって」
「っいいけど...ご両親とか会いに行かなくていいの?」
「うーん、明日行くよ。今日はせっかくだから夕夏といたいし」
「そ、そう」
.....どうしよう。
突如、お泊り決定しました。
分からない。彼氏とお泊りなんて初めてで。
「...あ、お風呂入ってきたら!?」
「俺幽霊だよ?」
「そ、そっか」
あぁもう。意識してるのバレバレで恥ずかしい。
「夕夏こそ入ってきなよ。疲れたんじゃない?そもそも具合悪かったんだもんね」
「ううん大丈夫、だってあれは...」
優斗を失った精神的ショックが原因だと思うし。
でもそんなこと言ったら優しい貴方を傷つけちゃうから。
「...大丈夫みたい。なんか優斗に会えたからかな、治った!」
「え?本当に?良かった...でも無理はダメだからね」
「うん、ありがと。お風呂入ってくるね」
リビングを出る時に「はーい」と返事をくれた優斗の横顔を見つめてみる。
不思議そうな顔でミステリー番組を見てる。
こんな瞬間が訪れるなんて、本当に夢みたいだ。
お風呂から上がってリビングに戻ると、「おかえり」って優斗が出迎えてくれた。
それだけでこっちは泣きそうになっちゃうの、一生気づかないでほしい。
テレビ画面を見るとミステリー番組は終わったみたいで、いつの間にか恋愛ドラマになってた。
「夕夏まだ髪乾かしてないんだ」
「だって夏ドライヤーすると熱いんだもん」
「だーめ。風邪ひいちゃうよ」
優斗って意外と世話焼きなんだなぁ
「もう...ドライヤーどこ?」
「んーあっち」
そうして場所を指さすと、ドライヤーを持ってソファに戻る優斗。
そして”おいで”のジェスチャー。
....まさかこれって。
「俺が熱くないようにやってあげるから、ここ座って」
指示通り、優斗が座っているソファに背を預ける形で床に座った。
つまり優斗の足の間にいる形だ。
そして始まるドライヤー音。
待って待って。これは憧れのシチュエーションの一つだったやつ.....!!
こんなあっさり実現するなんて...
「ゆ、優斗。めんどくさかったら止めていいからね」
すると突然、グイっと顔の距離が縮まる。
「ごめん、聞こえなかった。なに?」
「あ、いや。なんでもないっ」
優斗は「そ?」と微笑むと、またドライヤーを再開した。
あぁもう顔が熱い。
なんて、なんて心臓に悪いのか。
髪を乾かし終わりお礼を言うと、「どーいたしまして」とニコリ。
...私の彼氏、可愛い。
ポン
のんきにニヤニヤしてると、私の頭に優斗の手が乗った。
そしてそのままスルーっと毛先まで指先が滑っていく。
「な、なにか?」
「やっぱり早く乾かして正解。ツヤツヤだし、いい匂いする!」
ずっきゅん
「っああ!お布団の準備してくるね!」
急いで2階に駆け上がって息切れ。
「はぁ...どこであんな台詞覚えてきたんだ...」
おまけに微笑んじゃって、もう可愛いが限界。
とっとと布団の準備をしてしまおう。うん、それがいい。
杏珠が泊まりに来るときは、何も考えずに私のベッドの横に布団を敷いてたけど
...彼氏だし問題はないんだろうけど
同じ部屋、は落ち着いて眠れる気がしないなぁ...
コンコン
「夕夏ーいるー?」
「っうん! どうぞー」
ガチャ
「お邪魔しまーす...うわぁ久しぶりの夕夏の部屋だー」
「そんなにキョロキョロしないでよ、前来た時と変わってないよ?」
「あは、つい。あれ...布団まだ敷いてなかったんだね?」
「うん...同じ部屋でいいのか迷って」
「あー...夕夏がいいなら、そうしたいな」
「じゃあそうしよっか、横でいい?」
「俺やっとくよ。夕夏は寝る準備しておいで?」
優しい彼氏だこと。
歯磨きして部屋に戻ると、なぜか私のベッドで寝ている優斗。
「ふふ、なんでこっちなの。...綺麗な寝顔」
好きな人の寝顔って、どうしてこんなに愛おしいんだろう。
つい触れたくなって、そーっと髪に手を伸ばす。
グイッ
「忘れた? 幽霊は基本寝ないって」
どうやら起きていたらしい優斗に突然腕を引っ張られ、勢いよく胸に飛び込んでしまった。
またまた想定外な状況。
「そ、そうだったね...」
「うん。びっくりした?」
「した...」
「ふふ。じゃあ成功」
そのままぎゅーっと抱きしめられる。
私はぬいぐるみかよ、なんてツッコミをして冷静を装っていないと耐えられない。
「ちょ、苦しいって」
「あぁごめん。...ねえ夕夏、顔見たい」
言われた通り、優斗の胸に収まってた顔を上げる。
至近距離で目が合った。
「...ちょっと痩せた?」
私の頬をスルスルと撫でながら、不安そうな顔。
「そうかもね。最近食欲なかったし」
「ごめん。側にいられなくて」
「いいよ。...今隣にいてくれてるだけで十分だから」
その時交わしたキスは涙が出るくらい幸せで、ちょっと泣いた。