海とキミのオムライス
あの冬の日に偶然降りたその駅は、もうずいぶんと馴染みのある場所になっていた。
ザザン、と波の打ち寄せる音が耳に心地良い。
砂浜に遊びに来ている人もまばらに見えた。
準備中であるはずのハレルヤへ向かう。
扉には“臨時休業”の看板がかけられていた。
(え?今日お休み?健吾さんか風太に何かあったの?)
慌てて扉に手をかけると、鍵はかけられていなかったようですんなりと開いた。
なじみのあるケチャップのにおいに迎えられる。
「健吾さん?風太?」
その瞬間、左右でパンと何かが鳴った。
キラキラのテープが服に降りかかる。 
クラッカーだと気づくのに数秒を要した。
(何?)
そこにはにこにこした顔の健吾さんと、憮然とした表情の風太が居た。
先に口を開いたのは健吾さんだった。
「おめでとう、葵ちゃん。復縁したって、聞いたよ。彼とうまくいったんだね」
あの冬を知っているからだろう。
どれだけ私が瀬良くんを好きだと、大泣きしたか。
訂正しようと口を開きかけた時、風太がおずおずと近付いてきて、うつむきながら私の手を取った。
そして、意を決したように顔を上げる。
目が合った。
「葵さんが幸せならそれでいいよ」
泣きそうな笑顔だった。
「オレの幸せは、葵さんが幸せになることだから」
こんな顔をさせたいわけじゃない。
< 29 / 30 >

この作品をシェア

pagetop