【完全版】妹が吸血鬼の花嫁になりました。
「零士先輩から逃げて、家の前でもう一回会った時さ。……零士先輩、離れてた場所から突然目の前に現れなかった?」

「っ……!」

 その事も思い出し、言葉を詰まらせる。


 ありえないと思った。
 突然目の前に来るなんてありえない、理解出来るわけない。

 だから無意識に忘れようとしていた。
 あれは何かの見間違いだったんだと思う事にして。

 このまま、何もなければ本当に忘れていたと思う。

 でも今愛良に言われて思い出し、それも叶わなくなる。


 あのときの不可思議さを、あやふやなまま終わらせて忘れる事はもう出来ない。

 一瞬すっとぼけようかと思ったけれど、愛良の真剣な目がそれを許してくれそうになかった。


 私は諦めて、グラスに視線を落としながら答えた。


「……うん、そうだったね……」

 カラン、と氷の音が嫌に大きく聞こえる。

 私の返事を最後に沈黙が続く。


 零士達が人間じゃないかもしれない。


 そんなあり得ないはずの事が、何故か現実味を帯びていた。

 あり得ない。
 でもそれだと零士の人間離れした動きを説明出来ない。

 そんな考えがグルグル繰り返し頭の中を巡る。


 どれくらいの沈黙だったか。
 しばらくして、最後に愛良がポツリと呟いた。


「もしかして、零士先輩が言った通り吸血鬼だったりして……」

 私はその言葉に何も返せなかった。
< 70 / 741 >

この作品をシェア

pagetop