元聖女ですが、過保護だった騎士が今世(いま)では塩です。
第三十一話
「……ねぇ、クラウス」
「はい」
「本当に良いのかしら」
「良いに決まっています」
前を行くクラウスがこちらを振り返る。
「姫様はこれまでこの国のために多くの奇跡を起こしてこられたんですよ。皆も、陛下もわかってくださいます」
私の大好きな優しい声と微笑み。
いつもなら、その笑顔を見れば安心出来るのに……。
用意されていた真っ黒なローブを身に纏いふたり真っ暗な森の中を進みながら、私はもう一度心の中で呟く。
(本当に、良かったのだろうか)
聖堂を出てからずっと消えない不安。
物心ついた頃から今日死ぬのだと思って生きてきた私には、今クラウスとふたりこうしていることがまるで夢の中の出来事のようで。
――私にはやはり姫様を手に掛けることなどできません。
あの言葉。そして見たこともない必死な表情。
嬉しかった。
クラウスが私のために初めて見せてくれた本当の顔。
騎士や従者としてのものではない、クラウスの言葉だとわかったから。
嬉しくないわけがなかった。
だから、言われるまま彼について来てしまった。……でも。
(本当に、良かったのだろうか)
聖女たちはこれまでこの国で多くの奇跡を起こし、そして18歳の誕生祭の日に命を捧げてきた。
なのに、私だけが生きてしまっていいのだろうか……?
クラウスは皆わかってくれると言うけれど。
本当に国の皆は……お父様はわかってくれるだろうか?