元聖女ですが、過保護だった騎士が今世(いま)では塩です。
――!
すぐ近くで、けたたましく音が鳴り響いている。
知らない音楽なのに妙に耳に馴染む旋律。
でも大き過ぎて少々、いや、かなり耳障りだ。というかはっきり言って煩い。
どうすればこの音は消えるのだろう。その方法を知っているはずなのに頭に靄がかかったように思い出せない。
と、今度は別の音が近づいてきて――。
「ひより! ひーよーり!」
「……え?」
ぱっと目を開けると、知らない女性が私を覗き込んでいた。
「やーっと起きた。もう、早くしないと新学期早々遅刻しちゃうわよ!」
その40代ほどの知らない女性は腰に手をやり呆れたふうに言った。
――知らない……?
いや、私は彼女をよく知っている。
「……お母、さん……?」
「まだ寝ぼけてるの? 早く降りてきてご飯食べちゃいなさい。それと起きたんならその意味のない目覚まし早く消しなさいね。下まで響いてるわよ、全く……」
そうしてお母さんはぶつぶつ言いながら部屋を出ていった。
遠ざかっていく足音を聞きながら私はのそりと起き上がって今も大音量で鳴っているスマホに手を伸ばす。
画面をスワイプすると目覚ましとして設定していた曲はぴたりと途切れた。
途端静かになって、私はふぅと息を吐く。
……なにか、長い夢を見ていた気がするけれど、内容はよく覚えていなかった。
まぁ、よくあることだ。
ぐーっと伸びをしてからベッドを降り遮光カーテンを開けると一気に部屋の中が明るくなって目が眩んだ。何度か瞬きをして目が慣れると少し霞んだ青空が見えた。
(うん、今日はいい天気!)
昨日まで雨続きだったから心配だったのだ。
何せ今日から新学期。今日から高校3年生!
雨も嫌いではないけれど、こういう始まりの日は晴れていた方が気分が上がる。
(新しい出逢いとかあるかもだし)
そんなことを思いながら掛け時計を見上げ、私は目を剥いた。
「ヤバっ! もうこんな時間!?」
そうして私、花咲ひよりは慌てて自分の部屋を飛び出した。