エリート精鋭獣医師チームに放り込まれたあかちゃん
「さてと外来に行こうか、おいで。先に行ってます」
 俊介先生の言葉に先生たちが元気に送り出してくれる。

「今日は外来担当ですか?」 
「うん」
「こんなに腕のいいチームに診療してもらえる患者はラッキーですね」
 私の瞳がきらきら輝いているでしょ、ウキウキしてきた。
 隼人院長から離れたからとは言えない。

「そうだね、患者はラッキーだ」
 クスッと笑いながら聴診器を首にかけて歩き出す俊介先生のうしろを歩くと、ドクターコートを羽織って腕時計をはめている隼人院長の前を通って廊下に出た。

 前を通り過ぎるだけなのに緊張してしまう。

 壁紙一面には森のイラストが描かれていて、森林浴をしている気分になれる。

「どうして僕を選んだの?」
「穏やかで優しくて......私に似ているから。あ、すみません、厚かましいですよね、ごめんなさい」

「ぜんぜんかまわないよ。今までチームに来た看護師たちも僕に付きたい子たちが多かったから、気になった」 

「事実を知ったときは嬉しかったですよね?」

「おそらく僕が診療中や手術中に声を荒げたりすることがないからだと思う。つまり、おっかなくない」

「俊介先生、とっても優しいです」

「俊介先生って響きが好きだけど、呼ばれることにはまだ慣れないな、初めてのことだから」

「嫌ですか? ルールなんですけど」
「嬉しいよ。ルールか、きみも律儀だね」
「俊介先生は、葉夏先生や朝輝先生みたいに阿加ちゃんって呼んでくれないんですね」

「実は照れくさいんだ、本音は呼びたい。彼らみたいにすんなり呼べない」

「俊介先生も恥ずかしがり屋さん、私と一緒です」
 隣の背の高い俊介先生の顔を見上げたら、耳まで赤く染めて「阿加ちゃん」って。

「アハハハ、呼べた、初めて呼べた。もう平気かな。チームワークが重要だから慣れないとね」
 手を握らんばかりの優しさを顔いっぱいに集めた、とびきりの優しい微笑みを浮かべてくれる。

「獣医師にとって看護師は仕事上の最も重要なパートナーだから、いつもそばにいてくれてありがたいと思ってる」

「私も俊介先生から、そう思ってもらえるように頑張ります」
「いいパートナーになれるように僕も最善を尽くすよ」

 ケアステに入ると、昼食や手術を済ませた他のチームの獣医や看護師が病棟や検査室から来て、午後の診療の準備のために忙しく飛び回っている。

「人見先生、先生が担当していらっしゃる患者なんですが」
 受付から看護師が小走りに走って来た。
 
 担当の患者が予約時間よりもかなり早く来院して、もう待合室で待っているそう。
 確認したら診療は、もう少しお待ちになるけれど予約どおりの順番でいいって。

「阿加さん、いつも郵送している子の処方箋お願い。あと三日分しか残ってないんだって、もっと早く連絡くれればいいのにね」
「速達ですね」 
 電子カルテに視線を移し、体重の増減はないか確認する。

「僕も手伝うよ」 
「ありがとうございます。いつもの子ですし、一日三回二ヵ月分だから、ひとりで大丈夫です」

「阿加さん、あと飼い主に配るプリントコピーしておいて、特にパピーのしつけ教室と高齢介護のは補充多めに」
「はい」

 午後からの診療が始まり、あちこちの診察室のドアが開いて、患者を呼ぶ明るい看護師たちの声が聞こえてくる。
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