エリート精鋭獣医師チームに放り込まれたあかちゃん
「手酷く叱られて、惨めなほど打ちのめされる。すべてが一人前になるために通るべき道なのよ」

「昨日の波島くんよりも今日の波島くんは半歩前進した。うしろを振り向かなければ実感するときが来るよ、それが研修医最大の喜びだってね」

 安心感のある微笑みで俊介先生が朝輝先生を励ます。

「落ち込まないで。院長、れっきとしたって言ったよね、波島くんを一人前の獣医として認めてる発言よ」

「懐かしいな、こっぴどく怒鳴られる光景。僕らも毎日怒鳴られていたよ。ねっ、葉夏?」
 俊介先生でも研修医時代は怒られていたんだ。
 
 穏やかで心優しい俊介先生は芯がとっても強い人なんだ。折れない心も私は見習わないと。

「思い出すわね、純粋だった研修医時代」
「葉夏が純粋?」
「失礼しちゃう、私にもうら若き乙女の純粋な時代があったのよ」

 学生時代からお互いを知り尽くしていて、職場は同期で苦難を乗り越えてきた同士の関係って羨ましいなぁ。

「研修医たちは壁に何度もぶつかりながら、その経験が血となり肉となり逞しくなっていくんだよ」
 さすがクリーレンの良心、俊介先生は言うことが違う。
   
「さっき、私が言った院長の言葉『スキルの高い若手を必ず育てる』って波島くんのことだからね。デキるあなただから院長はキツく言うのよ」

「そうだよ、今まで院長を見てきた率直な僕の意見。院長は見込みのない者には強くあたらない」

 怒られ励まされ、人は試練を乗り越えて大きくなるんだ。私も励まされた、頑張らないと。 
 
「さてと、ほらほら波島くん立って」
「リュウが退院するまで気になってしまいます。見に行って来ます」

「しっかりと責任もってね。それと岩城チームが心臓外科の緊急手術やるって言ってたわよ、見学させてもらいなさい」

「ナイスな情報あざぁっす」

「さぁ、行ってらっしゃい! 急いで猛ダッシュ!」
「あざぁっす!!」
 葉夏先生って本当にサバサバしている。気持ちを切り替えさせるのが上手。

「可愛い弟に私は弱いわ。家に帰さなきゃいけないのに緊急手術の情報言っちゃうなんて甘いわね」

 葉夏先生の困ったような笑顔につられたみたいに俊介先生の笑い声が漏れ、余韻を楽しむように口を開く。

「阿加ちゃん、僕らにはチームワークが不可欠なんだよ。自分の技術と知識を駆使して、患者さんを治癒までもっていけたときの達成感を波島くんや阿加ちゃんにもたくさん経験させてあげたいんだ」

 なんて優しい笑顔なの。私の動物の命を助ける想いはますます強くなった。

「葉夏、阿加ちゃん、そろそろミーティングの時間だ、行こう」
 軽快に走りながら私たちの忙しい一日が始まった。
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