エリート精鋭獣医師チームに放り込まれたあかちゃん
 滞りなくミーティングが終わり、それぞれの持ち場に向かっていたら、男性の声とはっきり分かる激しい怒鳴り声が響き渡っているから、私たちは耳を澄ます。

「また寝不足が原因でイライラしたり、疲れが溜まった獣医が、看護師に八つ当たりしてるんじゃないの?」
 腕組みをして「しょうがないわねぇ」って、葉夏先生がため息をつく。

と、猛ダッシュで「院長! 院長!」と連呼しながら、受付スタッフが隼人院長を探しに来た。

「いったい、何事よ?」

 俊介先生と葉夏先生が興奮気味の受付スタッフを(なだ)めながら、受付の方向へ行くからついて行った。

「院長を出せ! もう何日も薬を飲ませてるのに全然治らない。あ、あ、あ、あいつは! ヤブ医者だ!」
 全身怒りの塊で耐え切れず爆発したように叫ぶ。
 どうしたのか飼い主の気持ちを読み取りたいけれど、あまりの剣幕に圧倒される。

 隼人院長は他の患者さんの診療中だったので応対することが出来ず、代わりに俊介先生が薬の効き方には個体差があることを伝えた。

 しかし飼い主は納得出来ないようで同じような主張をずっと繰り返している。

 徐々に話の内容が理解出来てきた。初診で三日前に来院して非枝先生が診療した猫だ。
 飼い主の言う、あいつって隼人院長というより非枝先生でしょ。

 猫は犬より風邪を引きやすく、今ごろの時期から患者が急増する。その患者もいわゆる上気道症状に対して内服薬が処方されていた。

 私が新人のころ、非枝先生が投薬指示のオーダーを取った患者で投薬のミスがあった。

 もともと終末期で余命いくばくもない病状ではあったけれど、非枝先生の投薬ミスをきっかけに悪化して亡くなった。

 と、私は思っている。

 今でも非枝先生は、こうしてたまに患者の呼吸を止めそうになる投薬ミスを犯すから恐ろしい。

 私が、そんな過去を思い返している間も飼い主の怒りは収まらず、あまりに飼い主の言い分が長くて私は問診のため診察室に入った。

 トラブル発生時でも、常にチーム内で情報共有をしているから、誰かが対応出来なくても他の獣医がカバーできるのが強み。

 その分、責任が分散されることがあったり当事者意識の希薄さが目立ってしまうこともあることはある。

 というか、非枝先生の尻拭いを俊介先生がしているのが腑に落ちない。非枝先生は、どこに居るのよ。
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