自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
 頃合いを見計らったように気遣い屋さんの俊介先生が、そっと口を開く。

「循環器内科の先生は自信過剰で前に前に。そんなに出なくても......」
 控えめな俊介先生らしく語尾が穏やか。

「その自信過剰のトップの循環器内科同士だ。俺様道永と偽インテリ野郎の非枝だぞ? 気が合うわけがない」

 しかも同期で非枝先生は相当隼人院長にコンプレックスがあるんだって。

 それに院長になりたくて、あの手この手を使って理事長にすり寄ったって。結局は隼人院長に負けた。
 
 確かな腕があった理事長が、きっぱりと現役を退けたのは隼人院長の腕が確かだから。

 隼人院長体制になっても継続してかかりつけ医にする飼い主だって、隼人院長に肝心な腕があるから離れて行かない。

「すみません! 非枝チームのアニテクの高見です。今すぐひとりアニテク貸してください」
「なにがあったんだ?」

「急患が入って外回りのアニテクが足りなくなったんです」

「徳縄はどうした?」
「同じ手術の器械出しです」
「おい、お嬢ちゃん行ってやれ。大樋さんは外来、病棟を飛び回ってる」

「わ、私がですか......」
 組むのが徳縄先輩なのかぁ、憂鬱しかない。執刀医は誰かな。

「外回りなんて私には」
「ビビリなさんな。器械出しよりは楽だよ、雑用だから大丈夫」 

 そりゃあエリートの敬太先生からしてみれば、手術介助は雑用程度でしょうよ。
 まずい、緊張で心臓がバクバクしてきた。

「僕も可愛い阿加ちゃんに汗を拭いて欲しいな」

 そう。外回りとは手術シーンで額に汗をかいた医師が「汗」というと汗を拭く人。
 とはいえ汗を拭くだけが役割じゃない。

 器械出し看護師が手術を直接介助するなら、外回り看護師は手術を外から回りから幅広くサポートをする。
 まさに雑用係。
 
 一年在籍した非枝チームのころ、何度か外回りをしたけれど急患は初めてだから足がすくむ。

「やり遂げたときの達成感は何物にも代え難いものだよ、お嬢ちゃん。まさに手術の醍醐味だ」
 ウズウズしているみたいな、くしゃくしゃな笑顔の敬太先生。

「こんなに感謝される仕事はなかなかないよ。飼い主さんの笑顔を見たいでしょ」
 穏やかな優しい俊介先生の声は私に安心感をくれる。

「頑張って良かったって達成感は、手術を受けて快復して元気に退院して行く患者が教えてくれるよ」 
 親指を突き立てて笑顔を向けてくれる朝輝先生。
 
 三人それぞれ元気になる言葉で送り出してくれた。
 恐れるな、乗り越えられる私には。

「非枝チームのアニテクさんよ、うちのお嬢は高くつくぞ」
 走る私の背中に敬太先生の大きな笑い声が聞こえた。ありがとう、敬太先生の冗談が私を和ませてくれる。
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