自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
 隼人院長の眉にますます深い皺が寄るのはなに? なにか男の人のスイッチが入ったの?
 私はその訳を知ろうと焦る。

「じっとしとけよ、もう片方も入れる」
 今度は吸い付くようにスムーズに入った。

「ありがとうございます、上手ですね」
「誰に向かって言ってんだ。俺は内科の花形循環器のスペシャリストだ、出来て当然のことで褒めんな」
 
 仕事以外で褒めても気に入らないのね、どんだけプライドが高いの。分かりましたよ。

「なぁ、貧乏くじよ。もっと感情を表に出せよ。なに考えてんだか分かりづらい」

 隼人院長はクールかと思えば、短気で不機嫌そうな態度は分かりやすく表に出してくる。

 葉夏先生が言ってたっけ。『院長の不機嫌は一日中じゃないから放っておきなさい』って。
 
 私は人の不機嫌に振り回される。私のせいで不機嫌なのかなって考えてしまう。

 それに、どうにか不機嫌を直してあげたいって放っておけなくてかまってしまう。
 これが不機嫌な人をよけいイライラ刺激してしまうのかなって、あとから思う。
 
「はぁ、お前のまつ毛、長げぇから入れんのに邪魔なんだよ」
 大きなため息ばかりつく、鼻先にある隼人院長の瞳の周り。
 無頓着なのかな、隼人院長のまつ毛も長いよ。

「なんだよ、にやにや。ふだんはひとりで入れられてんのか?」
「はい」
「今日にかぎって。もしかして、俺に入れてほしかったのか」
 
 タオルを差し出す。
「隼人院長、膝痛いですよね。タオルの上に膝を乗せてください」
 受け取らない隼人院長にしびれを切らして床にタオルを敷いた。

「は?」
「膝を」
「なにしてんだよ、馬鹿かよ、お前のタオルが汚れるだろうが。痛くねぇよ、入ったし、もう終わり」
 すっくと立ち上がり医局から出て行っちゃった。

「おい、ミーティングに遅れんな、早くしろよ」
「はい!」
 びっくりした。わざわざ引き返して来たんだ。

「答えろ、俺に入れてほしかったのか」
 廊下に出て行ったと思ったら、体の左半身だけを医局のドアから出して聞いてくる。
 まだ行ってなかったんだ。

 隼人院長のほしい言葉はなに? 嬉しい言葉は?

「お前は他人を喜ばすために生きているわけじゃねぇんだよ、相手の時間を奪えよ」

「人の顔色ばかりうかがってんじゃねぇよ」って、口は汚いのに声は怒ってないから混乱する。

「他人の感情の責任を自分が過度にもつ必要はない。お前はお前の感情を大切にしてやれ」

 ぶっきらぼうのつっけんどんな物言いなのに、なぜか温かみがある隼人院長の言葉には。

「相手の感情の揺れは、お前のせいじゃない。いちいちいちいち、ちまちまちまちま小せぇこと気にすんな、考えんな」
 
 それだけ言った隼人院長のスニーカーが軋む音が、廊下を噛み締めるように響いて遠くなっていった。
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