自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
「まずい、あと一分だ。早く行かなきゃ」

 医局を飛び出し、ちょっと前に隼人院長がゆっくり歩いて行った廊下を尻尾に火がついた馬みたいに勢いよくミーティングルームまで駆け抜けた。

 クリーレンでは、朝ハ時に出勤スタッフ全員がミーティングルームに集合して、朝の申し送りミーティングをおこなう。

 今朝もいつものように入院患者の状態や今日の診療や手術予定の打ち合わせをして、すべての情報をスタッフ一同共有した。

 ミーティングが終わり、夜勤明けの大樋さんに昨夜おこなった重患の緊急手術についてお聞きした。
 
 勉強のために聞かせてくださいって朝輝先生も揃って、テーブルを三人で囲んで座る。

「僕も同席していいですか?」
「俊介先生、喜んで。どうぞ」
 大樋さんに促されて俊介先生も輪の中に入る。

 どんな手術だったのか質問したら、猫の頭頸部がんの手術で執刀医が非枝先生だったって。

 非枝先生と聞くと吐き気がするほど生理的に無理。
 どうしてか、私を目の敵にしてくるのが嫌味な人だから苦手。

「非枝先生だったんですか。私、非枝チームでした」
 どんなに嫌なタイプか大樋さんも共感してくれると思う。

「へぇ、そうなの。非枝先生は循環器内科には珍しく、穏やかで謙虚で嫌味のない先生よね」

 がっくり拍子抜けした。嫌味な態度は人を選んで私にだけなのかな、人によってぜんぜん印象が違う。

「非枝先生ですよね? 背が高くて銀縁眼鏡でインテリ」
 人間違いじゃないかと確認した。

「一重でスッとした端正な顔よね」
「そうです」
 あれ? 外見は同じ非枝先生だ。
 
 おかしいな、中身が別人だ。隼人院長に非枝先生のこと言わなくてよかった。
 危うく悪口になるところだった。

 もしかして、大樋さんは悪口で盛り上がらないために当たり障りないことを言ったんじゃないの?
 じゃなきゃ非枝先生の印象が違いすぎる。
 本性って、そんなに上手に隠せるもの?

「非枝先生どうです? 評判の腕利きだそうで」
 朝輝先生、それ非枝先生を知っている人の皮肉だと思う。

「波島先生のおっしゃる非枝先生は腕利きさんなのね。どこぞの非枝先生かしら」
 微笑みを余韻に大樋さんが話を続ける。

「大先生の非枝先生でも、とち狂うときがあるのね」
 大樋さんは非枝先生のことを完全に皮肉っているでしょ。

「さっきの手術で術中に心停止よ」
 大樋さんがため息混じりに言った。

 思わず声が出そうになる。そんなことある?!
 や、あり得ないでしょ、聞いたことない。

「頭頸部外科の手術で術中に心停止が起こるなんて、ほとんどないですよ。クリーレンに来て初めて聞きました」

 私も朝輝先生に同意だし、そこ普通は心配しないよね。

「どれだけの先生なのか、お手並み拝見だったわ」
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