自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
 非枝先生の術前の説明内容としては、後遺症と壊死の危険性が中心だったんだって。

「大量出血の可能性は簡単に話したのみで心停止などの可能性については、ほとんど触れなかった」

 確率的に低いからって非枝先生油断したんだ。

「まさかのアクシデントに、僕は適切な対処を出来るのか」

「非枝先生はプライドが高いんでしょうね。なにがなんでも術前より状態を良くしなきゃいけないプレッシャーに押し潰されて、パニックになったみたい」

 ふだん冷静沈着な獣医でも、ひとりの人間なんだから、なかなか冷静になれないよね。
 想定外のアクシデントに落ち着きをなくしちゃったんだ。

 術場は緊張状態になっただろうな、考えるだけで血の気が引く。

 パニックになると凄く緊張して、人は他人のことなんて気遣う余裕がなくなる。

 非枝先生も例外ではなく、第一、第二助手を怒鳴りつけて大樋さんたち看護師には物を投げつけたりしたんだって。

「第一助手より第二助手の方が立場が弱い先生だったのよ。非枝先生、第二助手の先生のせいにしたの」 

 獣医は決して聖人君子じゃないけれど、そんな非枝先生の姿を見たくなかったって。

「もう術場は戦場。『非枝先生、 ガーゼで術野を抑えて、とりあえず出血をコントロールしてて』『出血箇所不明なんだよ!』喧嘩よ、そのうち心室細動が発生しちゃった」

 心室細動は主役の心室がけいれん状態になった心臓は満足に働けず、心停止と同じ状態って飼い主には説明している。

 とにかく心室細動発生は一刻を争う危険な状態。その先がどうなったのかとひやひやする。

「冷静さを失った非枝先生じゃ、もう収支がつかなくなって、果ては第一助手の先生が『そろそろできる術者の院長を呼んだら?』とまで」

 落ち着いた声で冷静に名指しはきついなぁ。プライドの高さなら外科にも負けない循環器内科。

 その同じ循環器内科の同期の隼人院長の名前を出された非枝先生のプライドは保てないのが容易に想像出来る。

 すぐさま指名された隼人院長に連絡がいき、応援に駆けつけたら、焦る非枝先生や助手を傍目に灯台下暗しとはよく言ったもの。

 ヒステリックに怒鳴り散らす非枝先生をちらりとも見ずに、まったく動じることなく患部を見ると『ここから出血してる』って、あっさり正解を出したそう。

 呆然として悔しそうな非枝先生の苦虫つぶしたような顔が思い浮かぶよ。
 隼人院長ありがとう! 非枝先生を打ち負かせてくれてすっきりした!

 すぐに隼人院長は、心エコーやカテーテル検査を施行し出血を遮断させたそう。

「院長が来てくれたときのみんなの安心した顔は忘れられないわ。ぶっきらぼうで無愛想、人を寄せ付けない人だけどね」
  
 大樋さんの言葉に朝輝先生が同意するように笑った。 
 私のイメージと第一印象通りなんだ、隼人院長って。

「阿加ちゃんには意外かも。実は院長は精神的支柱でもあるのよ。存在感が大きくてね、居てくれるだけで心強く安堵するのよ」
 
「元々の性格なんすかね。院長は落ち着いててどっしりかまえていらっしゃる。確かに絶対的な安心感が備わっておられますね、僕も院長の手術に入るのは安心っす」

「非枝先生はみんなの前で醜態を晒して、私たちの見る目が変わった。穏やかな先生だと思っていたのに」

 入職から今まで私が非枝先生にやられてきた数々の醜態は、自分の胸にしまっておいて良かった。
 悪口になってしまう。
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