自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
 一度でも、その目で見てもらえたら分かってもらえると思って、ずっと我慢してきた。

「慣れない看護師だったら緊張したり怯えたり、頭が真っ白になってしまって使えなかった。経験上、私にはそう言い切れる」

 大樋さんの言葉は、今、私が隼人院長に対して怖がっている自分の姿と重なってしまった。
 今のままだと、私は隼人院長からは使えないと思われる。
 もうとっくに思われているよね。

「院長がいらしたら非枝先生は不要っすよね? その後どうなりました?」 

「大勢いても邪魔になるだけでしょ、術場って」
 大樋さんの言葉に朝輝先生が同意のしるしに頷く。

「院長が『突っ立ってんな、ただ見ておくだけの研修医とは違うんだよ。お前使えねぇな、非枝いらねぇ出てけ』って」

「怖っ、それ言っちゃいました?」
「言っちゃった」
「ワォ、明日は我が身だ。あれは忘れもしない、僕が研修医になって初めて院長の難手術に入ったときの話」
 そう前置きした朝輝先生が話を続ける。
 
「傷の縫合を失敗すれば『このド下手クソが。獣医なんかやめちまえ!!』って怒鳴られましたからね。初めてのころの、しかも難手術だというのにっすよ?」
 
 怖い。私の心臓もつかな。

「とにかく、院長は鬼でした。めちゃくちゃな鬼」
 そう言って、最初のころ絞られていた話をしてくれた。

「あと、別の症例では『研修医だから出来なくて当たり前は通用しねぇんだよ、研修医といえども現場では、れっきとした獣医師だ!』って」
 
 研修医をアニテクに変えて想像したら背筋がゾワゾワしてくる。

「そんなときの矢神先生の優しさ聞いてくださいよ。『落ち込まないで。れっきとしたって言ったよね、波島くんを一人前の獣医として認めてる発言よ』って」
 泣きそうになったって。感激は忘れられないよね。

「波島くん、大丈夫だよ。研修医たちは何度も壁にぶつかりながら、その経験が血となり肉となり逞しくなっていくんだよ」

「さすがクリーレンの良心、俊介先生は言うことが違います」
 大樋さんの言う通り、隼人院長チームどころかクリーレンでナンバーワンの良心。

「めげずに、よくぞここまで進んだね。僕らも助かっているよ」
「めげないことが僕の取り柄っす」
「やんちゃ坊主なのに、どこか憎めなくて可愛げがあるもんね」
「任せてください、可愛がられるの得意っす、弟ポジション」
 明るくて華があるもんね。得だよね、朝輝先生は。

「最初は近寄りがたくてめちゃくちゃ怖かったんですよ、院長って。でも今は厳しくして育てていただいてることに感謝してます」
 
 私も、いつか怖がらずに院長に感謝出来る日がくるかな。

「波島くん、ノリがいいから話が脱線しちゃったわ」
 また大樋さんが手術の話に戻して、話の続きを聞かせてくれた。
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