自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
「獣医のレベルによっては、よけい悪くなり他の連中の仕事が増える。非枝、お前は仕事を増やしてんだよ。動物にも負担をかけるな、殺す気か」
 って、言ったんだって。

「冷静な声がよけい怖くてね、まだ怒鳴られた方が気が楽よ」

 隼人院長のきついひとことで、非枝先生は第一助手に回るどころか第二助手も任せてもらえず、術場を追い出される形になったんだって。

 そのまま手術は隼人院長が続行して、二時間半ほどで成功のうち無事に終了したって。

「手術は大成功でしたね。絶対的なスーパーエースがいれば、おおむね手術はうまくいきますし、患者はハッピーっすね」

 興味津々な朝輝先生の瞳がますます輝きを放ち、大樋さんに話の続きを促した。

「今回、ごくまれにしか起こり得ない想定外のトラブルについて学びました」
「研修医の波島先生も執刀医になるからね」

「いつか僕も腕利きの術者になります。いつ指名されてもいいように準備万端でいられるように勉強します」

「頼もしいわ。阿加ちゃん、あなたは機械出しを任されるときがくるのよ、頑張って」
「はい」
 白衣の背筋がピンと伸びる。

「波島先生が執刀医で阿加ちゃんが機械出し。いつか二人の術場に入れたら感激しちゃう」
 大樋さんに見せられるように、その日が来るまで頑張る。

「院長が診察室から出て来たわ。今朝の子の報告してくる」

「お二人さん、僕は頭頸部外科手術の経過を見に行って来るよ」

 ニ人で俊介先生と大樋さんを見送ると、ふいに朝輝先生に名前を呼ばれたから振り向いた。

「阿加ちゃん」
「はい」
 急に改まった朝輝先生の表情を見たら、息を飲み込むほど緊張してしまって鼻も喉も呼吸を止めて、じっと見つめる。

「阿加ちゃん見てると、いつかの自分を思い出すんだ」
 なにを? 二人の共通点ってなに?

「阿加ちゃんも、あのころの僕みたいに考えてしまってる。ここは私のいるべき場所じゃない気がするって」
  
 私が院長チームに緊張して、隼人院長に怯えて怖がっていることを見破っているんだ。

「そうだよね?」
「まさか朝輝先生もだったんですか?」

「僕だけじゃない。院長チームは他のチームにない特別な緊張感がある。うちのチームに入った誰もが逃げ出したくなる、何度もなんどもね」
  
 優秀なスペシャリスト、選ばれし精鋭たちが集結している花形チーム。
 
「ここに在籍した獣医や看護師。おくびにも出さず涼しい顔して淡々と職務をこなしているよね。でも悩んで止まって進めたんだよ」

「進めた?」
 チームの仲間に支えられたから“進めた”だよ、“進んだ”じゃなくてって。

「阿加ちゃんが思うほど、人って冷たくない、優しいよ。だから頼って」
「優しくしてくださってありがとうございます」

「これから色々あるから覚悟して。でも、なんとか頑張れ、粘るんだよ。いつか道はひらけるはず、諦めるのだけはやめようよ」

「はい。よろしくお願いします」
 私には足りない勇気を与えてくれる人たちが、いつも私を応援してくれる。

「辞めたい、逃げ出したい。そうなったときは僕らを思い出して。誰もが通る道だからアドバイスなら出来るよ」

 嬉しさのあまり喉がツンとして頷くのが精一杯。

 あれ? 颯爽と歩く疲れ知らずの足音がだんだんと近付いて来た。どなただろう。
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