自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
「もうすぐクリスマスだ」
 クリーレンに向かう車内の中で隼人院長がぽつりとつぶやく。

「非枝チームのときはどうだったんだ?」

「バタバタ忙しくて飼い主の差し入れのケーキを食べただけでした、ユリちゃんと気の合う先輩たちと」
 
「クリスマスらしい飾り付けや慎ましいながらの料理は?」
「なかったです、センターに閉じ込められてクリスマスなんか知らない間に終わっていました」

「そう寂しそうな顔をするな」
 淡々と運転をする横顔も声も淡々としていてクールそのもの。

「クリスマスや年末年始、それにバーベキューの季節。楽しい気分よりも犬猫のことが心配になります」

「クリスマスや年末年始は人が集まる。その中で犬や猫が人間の食べ物を盗み食いしたり、酔って気が大きくなった人間が動物に害なものを食わしちまうからな」

「私の心配は、まさにそれなんです。楽しむのは良いのですが悪ノリする方々もいらっしゃいますよね」 

「人間は羽目を外しすぎだ。骨付きチキンに串付きの肉、それに餅など考えられない食べ物まで犬猫に与えてしまう」

 バーベキューの時期に、水鉄砲にアルコールを入れて犬の口めがけて噴射させて、酔った犬が救急で来たこともあったそう。
 悪ふざけにしても度がすぎる。

 この手の悪ノリ話は止め処なくいつまでも出てくる。

 ということで、今年も例外なく厳かにクリスマスを祝う暇はなさそう。  
 昨年しかクリスマスや年末年始の勤務はしていないけれど、思い返せば地獄のように忙しかった。

「昨年はどうだったんだ?」

 緊急性がない手術はずらして、なるべく余裕のある手術スケジュールを組んで緊入や救急に備えた。
 とにかくずらせる限りはずらしていた。
 それでも地獄だった。

「非枝のところはそんなだったのか、うちはスペシャリストばかりだ。毎年普段と同じスケジュールを組み、緊入や救急が入ってもやり遂げる」

「それ相当の覚悟はしています」

「クリスマスは夜景のきれいなホテルへディナーに行こう。そしてスイートに宿泊しよう、0.001%の確率でセンターが平和だったなら」

「素敵なクリスマスですけど行けそうにないですね」
 夢で終わる、平和に帰れるわけがない。

「麻美菜」
 さりげなく大きな右手が私の膝の上に置かれた両手を包み込む。

「危ないですよ」
「信号待ちのときぐらい良いだろ、麻美菜に触れていたい」
 カーエアコンが効きすぎかと勘違いするほど、体が熱を帯びてドキドキが止まらない。
 嫌なはずなのに、なんなのドキドキするのは。

 右手の人差し指が私の顎先に触れ、少しずつ隼人院長の顔が近付いてきた。

「隼人院長、そこまでです! 嫌です!」 
 それでも強引に近付いてくる。

「クリスマスにホテルに宿泊したらどうするんだ」
「絶対に隼人院長とキスはしません、既成事実なんてもってのほかです」

「プライベートは呼び捨てしろ、敬語もやめろ。プライベートに上下関係を持ち込むな」

 耳先に触れるか触れないかで囁かれて優しく命令されるとドキドキする。
 いつもはガミガミ怒ってばっかりなのに調子が狂っちゃう。

「麻美菜の熱くなった唇までの距離は近い」 
「わ、分かるんですか?」
「感じている、キスしてくれって熱くふっくらしてきた」

「嫌です!」
「嫌じゃなくダメだと突き放せ、呼び捨てで敬語じゃなく」 

 これ以上無理! まだそこまで隼人院長のこと好きじゃない! 分かったわよ、隼人って呼べば止めるのね。

「隼人、ダメだったら、離れて! 安全第一前向いてよそ見しないで!」

「すげぇ快感だ。俺に対しておどおどしていた内気な奴が、この俺を呼び捨てにしてタメ口を叩きやがった、爽快だ」

 変人なの? こういうの性癖っていうのかな。
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