自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
「縫合術の練習でもして来い。いつまでも、くっちゃべってんな」
「はいはい、行ってまいります!」
「はいは一回で良い」 

 朝輝先生は隼人院長のことなど、どこ吹く風みたいに鼻歌交じりで軽快に医局を後にした。

「今年のクリスマスの二日間は塔馬(敬太)先生と矢神(葉夏)先生に休んでもらうことになったのよ。ですよね? 院長」

 楽しげな大樋さんが隼人院長に話しかける。

「その代わり、前後数日は手術や外来診療のスケジュールをがっつり入れた」

 鬼だ。声の方を向いたら許せなくて、私の足は勝手に隼人院長に向かって歩き出す。

「ちょっと隼人院長! またデスクに両足を乗せて、お行儀悪いですよ」

 下ろしに行ったら「なにすんだ!」とは怒った声で芝居をしているけれど、めちゃくちゃ笑顔でトレードマークの涙ぼくろが垂れ下がっている。

 なんなの、まったくもう。私に怒鳴られたくてわざとやったのね。

 大樋さんには背中しか見えない。見せてあげたい、私に叱られているのに嬉しそうな顔を。

「あら院長、珍しい。ハッピーな世界の顔一位に選ばれそうなとろけそうな笑顔で、この世の幸せを独り占めしてますね」

 私のうしろから葉夏先生がやって来た。

「院長も幸せそうな顔をなさるんですね、初めて拝見しました。いったいどうしたんです?」

「俺がそんな顔するわけねぇだろ、嬉しくもねぇのに」
 仏頂面で素っ気ないそぶり。 
 
「それはそうと葉夏先生、敬太先生とイブのご予定は?」
「大樋さん、そうなのよ。あ、院長、二人でお休みいただきまして恐れ入ります」

「よく、あの女好きと付き合っていられるな、腐れ縁か? あいつはいつになったら落ち着くんだ、俺は人種が違うから」

「あら、院長。『俺は人種が違うから』って、敢えておっしゃって誰かにアピールですか?」

 葉夏先生の怪しそうなものを見るような視線にも、顔色ひとつ変えずにポーカーフェイスを気取っている。

「彼は仕事を離れると、確かに女癖の悪さで困ったところも多々ある人ではありますが、ひとたび仕事となると話は別ですから」

 私が見る限りでも敬太先生は患者に真摯に向き合い、飼い主には丁寧に寄り添ってくれる。 

 それを言ったら、ほとんどの先生に当てはまるけれど、なんせプライベートがハチャメチャだから、そのギャップを考えれば敬太先生の仕事ぶりは人の倍よく見える。

「連日の手術に外来診療、セミナーに学会、合間には資料作成に研修医指導。やっと帰れると思えば、緊急や凄い重患が救急で運ばれて来たりしますもんね」

「阿加ちゃんも敬太の仕事ぶりをちゃんと見てくれてるのね」

「そんなの俺もやっている。加えて研究に論文、英文の獣医学書を和訳。いや、それ以上のことをやっている」

「院長はじめ、矢神(葉夏)先生も塔馬(敬太)先生も人見(俊介)先生も波島(朝輝)先生も、すべての先生方が懸命に動物の命を守ってくださってますよね」

 隼人院長ったら子どもみたいな焼きもちで敬太先生と張り合って。
 そんな隼人院長に気付かれないように、なだめすかす大樋さんは大人だな。

「たとえ仕事以外のすべてで彼を尊敬出来ないとしても、仕事に対する真摯な態度を常に保つことには尊敬の念を抱いてます」

 真剣な表情の葉夏先生が隼人院長を凝視している。

「惚れた弱みか」
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