同期のふたり〜高山と谷本の場合〜

水曜夜8時

水曜夜8時
 紗季は3階の家に帰ると、急いでシャワーを浴びた。
 昼間の暑さと先程の感情のぐしゃぐしゃが纏わりついた身体を流すと、すっきりした。
 すぐに髪を乾かし、ゆるくまとめて、軽くメイクもした。

「…………よし!」

 ちょっとでも冷静になる時間があるともう動けなくなりそうだったので、紗季はすぐに家を出た。

 そのまま2階へ。いちばん端の、谷本の部屋へ向かう。



「ピンポン♪」

 
 このアパートにはインターフォンなど付いていないので、のぞき穴で紗季が立っているのを見た谷本はさぞ驚いただろう。
 やや時間がかかった気もしたが、ガチャ、とドアが開いた。

「どうしたの、高山」

 やや不安そうな表情で見つめられる。


 
「あの、私…谷本の事を好きになっちゃった」
 思い切って一息で言い切る。顔が上げられない。ただただ、玄関に並ぶ革靴とスニーカーを見つめる。


「え……………」

 顔を見なくても、谷本の戸惑いが伝わってくる。ふわっといい匂いがして、谷本もシャワーを浴びたのだとわかった。

「……えっ…と…………え?俺?高山が、俺を?」

「うん…ごめん、谷本が私の事何とも思ってないって、困らせるってわかってるんだけど」
 ぎゅっと目を瞑る。ああ、もうすぐ返事がくる。わかってはいるけど、はっきり突きつけられたらどのくらいの痛みだろう。
 
「……っ、いや、困る……っていうか……」






 


「その…俺も……好きだよ」






聞き間違いかと思った。
え、いま、すきっていった?


「……よかったら、中、入って」




 言われるまま中に入り、促されるままベッドにもたれて座った。ワンルームタイプのこのアパートでは、ほとんどの住人がリビング兼寝室兼キッチンとして部屋を使っているはずだ。

 
「ごめん、うち狭くて。いや、高山のうちも同じ間取りか…」
 そう言いながら冷えた麦茶を出してくれた。


「あの……さ、本当にいいの?」
「え」
「いや、何かチームでも全然頼りないリーダーだったし、酔った勢いで手を出すような奴……我ながらどうかと思うし…」
「……私は…………谷本がリーダーで、あの企画に関われてよかったと思ってるよ。同期なのに責任ある仕事どんどんこなして、すごいと思った。それに……その……あの時は、私も…………したかったから………」
「え、うそ」
「うそじゃないよ………何だか、もっと、って思っちゃってた」
 顔が熱い。今までの彼氏にだって、こんな恥ずかしい事を告白した事はない。顔から火が出そうって、まさにこういう時に使うんだな。などと考えながら両手で顔を隠した。




「…………ねえ、それさ、今も思ってる…?」



 しばらく黙っていた谷本の声が少し掠れている気がして、驚いて顔を上げた瞬間、両手で顔を固定された。

「……っ!?何?」

 谷本の手はあくまで優しく顔を包んでいるだけなのだが、何だかいつもと違う真剣な眼差しに見つめられると動けなくなってしまう。


「…キス、したいと思ってる?」


「……っ///」
「もう、後悔したくないから。口に出すの嫌かもしれないけど…言って?」
「……したい……です」


 そう答えると同時に唇を塞がれた。

「んっ……ふっ……」

 とろけるような感触に何も考えられなくなる。

「……すきだよ、高山」
 耳元で囁かれ、思わずビクッと震えてしまった。

「耳、弱い?」
「……っ///あっ…」

 私はこんなに耳が敏感だったのだろうか。耳を弄られ、身体が勝手に反応し、息が上がる。


「……これ以上すると止まんないから、ストップ」

 耳元で囁かれ、優しく抱きしめられた。
 だんだん呼吸が落ち着いてくる。

「大丈夫?体勢つらくない?」

 優しい声で気遣ってくれる。大切に扱ってくれているのが伝わる。


「明日は……木曜、定例会か…何話そっかな」
 頭を撫でながら、明日の仕事の話。

「いっそのこと、俺ら付き合いはじめましたって、言っちゃいたいくらいだ…」
 谷本がははっ、と笑う。私もくすっと笑い、じわっと心が暖かくなる。



 
「……さて。ごめん、結局高山に無理させたかも。そろそろ帰る?」
 そう言って身体を起こそうとする谷本に、私はしがみついた。

「……っ……あの、たりない……」
「え?」
「だから…………もっと……したい……です」
「…………」


 しがみついてるから顔は見えないとしても、私はきっと耳まで真っ赤だ。
 私は自分からこんな事言うタイプでないし、言った事もない。……けど、優しいこの人はきっとこう言わない限り手を出したりしない。
 私は…できれば今日、谷本とそうなりたいと思ってしまった。



 
「…………ほんとにいいの?」
「うん……」
「やば…不謹慎だけど……超嬉しい……」
「ふふ、何、不謹慎て」




 
 電気を暗くして、向かいあってベッドに座る。
 軽いキスが、だんだん息が苦しくなるような深いキスに変わり、頭がぼーっとしてくる。紗季の力が抜けてきたのを感じたのか、そっとベッドに倒された。

「……さわるよ?」
「嫌だったら言って」

「…………っ////あっ……」
 谷本の手が優しく紗季の身体に触れる。本当に大事そうに触れられ、敏感な所を優しく刺激される。

「あっ、……んんっ」
 声が我慢できなくて、紗季は必死に口を塞ぐ。

「だめ……声、我慢しないで出して?」
 必死に塞いだ手をあっさり掴まれてしまった。



 
「ん、あっ……あっ……!」
 身体がビクッとなる。あられもない声をあげて、紗季はイッてしまった。久しぶりに味わう快感に涙が溢れる。

 
「……大丈夫?」
 谷本が涙を拭ってくれる。
「うん……私だけ、ごめん。次は一緒がいい…」
 「……っ、そんな事言われるとやばい……」

 
 そう言うと谷本は紗季の身体に入ってきた。まずは、少し。焦らすように動かして、紗季を翻弄する。
「……っ///もぅ…や……」
 焦らされて、紗季の腰も動いてしまう。それに気づいた谷本はゆっくりと、もっと深くまで腰を進めた。
「……っ、はぁ……大丈夫?痛くない?」
 本能は動きたくてたまらないだろうに、紗季を気遣ってくれる。紗季は、この優しい彼氏に尽くしたい気持ちでいっぱいになった。

「うん……思いっきり、好きにして?」

「……っ!」

 このひと言はかなり効いたらしく、谷本は激しく動いた。それでも、決して紗季に体重をかけなかったし、痛い思いをさせなかった。ただただ、とろけるような甘い時間が過ぎていった。




 

「ん……」
「今何時?」
「んー、1時…………」

 いつのまにか寝てしまい、気づけば深夜1時になっていた。何度も快感に溺れた身体は少しだるい。


 
「あ――、夢みたいだ、こうしてるの」
 谷本が呟く。
「俺、夕方まで本気で会社辞める事考えてて。高山の前から消えようとしてた」
「えっ、本気だったの?」
 「うん。自覚なかったけど、俺、高山の事が好きになってたんだと思う。好きな子傷つけて、俺は平気で毎日顔合わすとか絶対できないと思ってた。とりあえず会社では普通に振る舞うよう気をつけてたけど」
「いや、思い込みはげしいよ。いや、紳士なのかな…?」
「紳士…?うーん、姉ちゃん達には紳士になれって言われて育ったけど」
「え、谷本、お姉さんいるの?」





 たわいない話が楽しい。
 いつまでも、こんな幸せが続きますように。
 
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