とある教員の恋愛事情
あっという間に、脱出ゲームの集合時間になった。
「はー、今日は思いっきり遊んだね。こんなに遊んだの何年ぶりかな」
松永が楽しそうに笑う。
「結構歩いたけど、中原さん足大丈夫?」
「うん。」
少しずつ敬語がなくなっていくのは、距離が縮まった証拠だ。
「脱出ゲームも本気で行きましょう!」
「うん!絶対クリアしたい!」
気合いを入れて中に入ると、まずは檻の中からスタートだった。
10分以内にヒントを集め暗号を解けば、外を徘徊しているゾンビに見つからずに檻から出られる。
「あっ、これヒントかなっ」
「ん?ここがはまらない…」
「ここ入れ替えるんじゃない?」
カウントダウンが緊張感を煽り、用意された小さな解答用紙に必死に向かう。
「……R、E、D、と」
残り10秒というところで、何とか答えを入力できた。
第2ステージは身体を動かすゲームだった。
音楽と画面の指示に合わせて、息をそろえてジャンプしたりポーズをとる。3回失敗すると失格だ。
途中、手を繋いでジャンプするポーズがあったが、2人とも必死だったので躊躇なく繋いだ。
松永の手は大きかった。
……もし今日フラれたとしても、手を繋いだ事はいい思い出になりそう。
若葉はふとそんな事を考えた。
息も切れ切れにクリアした2人は、最終ステージに進んだ。松永はキーボードの用意された小さな部屋、若葉は天井に画面の付いた暗い部屋に分かれて通された。
「これからパートナーが問題に答えます。正解すれば、一緒に脱出できます。不正解だと、失格となりあなたをゾンビが襲います」
つまり、松永の解答が若葉の運命を握っている。ドラマの中の、主人公が愛する人を救おうと奮闘するシーンからきているのだろう。
「問題 シーズン2第6話で、シーラが盗んだのは、次のうちどれ?」
「問題 シーズン4第19話で、ジョンが使った武器はどれ?」
このドラマを好きな人ならすぐわかる問題で、松永も順調に解答した。
「最終問題 シーズン1から4で、最も多くのゾンビを倒した登場人物は誰?」
最後は難問だった。このドラマには主人公がいるけれど、戦闘力はそこまで高くない。体格のいい強い仲間の方が沢山倒している気もする。
…というかそもそも、誰もそんな事を数えてドラマを見ていない。
ガチャ……
扉が開き、若葉はビクッと身を震わせた。
部屋は暗くてよく見えない。ゾンビだったら、中身は人とわかっていてもちょっと怖い。
「あ、あの……」
恐る恐る声をかけた。
「あ、中原さんだ。やった、俺正解したんだ。
正解したかわかんないまま、こっちに進めって言われてさ」
聞き慣れた声にほっとした。
しばらくして部屋の照明がついた。
「脱出おめでとう」
主人公の声がする。
「だが……まずい事になった。ゾンビが大量に逃げ出した。君たちは、今すぐこの部屋を出て走れ!」
「「え!?」」
照明が数回チカチカした後、ドアが開き本当にゾンビがわらわら入ってきた。
「ぎゃああぁ」
2人は慌ててもう一方のドアから逃げ出す。
その先は薄暗い迷路のようになっていて、2人はゾンビから必死に逃げた。
やっと明るい外に出た時、2人はゼェハァと息切れしていた。
近くのコーヒーショップで冷たい飲み物を買う。席に座ってひと息つくと、やっと話せる状態になった。
「いやー、…マジで怖かったね、ゾンビ」
「ほんと…まさかあんなに出てくるとは」
「中原さん、ぎゃーって叫んでたもんね。お化け屋敷系は苦手なの?」
クスクス笑われる。
私、ぎゃーなんて言ってたかな。もうちょっと可愛く叫べばよかったな…
「……そろそろ帰る?」
「うん…」
名残惜しいが、今から出ても家に着くのは19時過ぎになるだろう。明日からまた仕事だ。
帰り道は、会話が途切れず楽しい時間だった。
若葉はどんどん気持ちが高まるのを感じた。
私達、結構気が合うんじゃないのかな。松永さんは私の事どう思っているのかな…。