とある教員の恋愛事情
夕方、若葉は松永の家に向かった。
「お邪魔しまーす、お酒買ってきたよ」
「あ、サンキュー。もうすぐできるよ」
松永の家は若葉の家より少し広めの1LDKだ。
全体的に物が少なくすっきりしているが、積み重なる書類や本が多いのは職業柄仕方ないところだろう。
「わあ、すっごく美味しそう!」
テーブルに並ぶ料理に、若葉は目を輝かせた。
松永が作ってくれたのは秋らしい献立だった。
秋刀魚の塩焼きに、きのこの炊き込みご飯。さつまいもと油揚げの味噌汁に、なすの煮浸し、だし巻き卵。
「んー!美味しい!郁人は本当に器用だね。私なんか一品作るので精一杯だよ」
「今日は時間あったし、全部簡単メニューだから。俺は若葉の料理も好きだよ。いつもちゃんと自炊してて偉いじゃん」
若葉は和食をリクエストしたから、今日は日本酒を買ってきた。飲みやすいと評判のものを買ってきたら美味しくて、普段よりもついつい進む。
「昨日は二次会どのくらいやってたの?」
「うーん、1時頃には解散したかな…渡辺先生がさ、結構酔っ払ってたからタクシー呼んだりしてて」
「へー」
奥さんに怒られなかったかな。などと考える。
「……そういえば、渡辺先生とは何の話してたの?」
「え?」
「最初の店で。浜中先生が2人があやしいとかって…」
これは……もしや妬いてくれてる?
「何でもないよ、応援団の話とかしただけ。」
「ふーん…」
「席遠かったのによく聞こえたね?」
「まあ…いつも若葉の事見てるから…」
そう言って松永は若葉の髪に手をやると、優しく髪を梳き、顔を近づけてきた。
「!!」
わ、キス…される……若葉は慌てて目をつぶる。
しかし、待ってもキスは来なかった。
「…ぷっ、今、期待した?」
松永がニヤニヤしながら聞く。
「……っ!別にっ!」
「ごめんごめん。いい感じになっちゃう前に、ちゃんと話したい事があってさ」
「…何?」
若葉はちょっとむくれたまま聞いた。
「俺の思い違いだったら悪いんだけど、若葉、この間会った三住の事を気にしてるんじゃないかと思って」
三住、という名前にドキリとする。
「今は本当に何もないけど、当時の事情がちょっと複雑だったから…若葉が聞いてもいいよって言ってくれたら、俺の口から話したいんだ」
若葉の迷いを見透かしたような言葉だった。事情とは何だろう。どんな話でも、私は冷静に受け止められるだろうか。
若葉はしばし返事を迷ったが、覚悟を決めて答えた。
「……うん。全部教えて」