とある教員の恋愛事情



 「お待たせしました、チキンチーズのセットになります」



 松永とやってきたのは学校近くのハンバーガーチェーン店だった。

 学区内での教員の行動は、何かと目撃されやすい。生徒、元生徒、保護者、地域の人。
 だから、外でも気を抜かず行動をするよう、管理職から常々言われている。

 若葉と松永もそれは重々承知だったが、子連れの家族と学生が溢れる店内。
 松永はジャージ、若葉は黒のポロシャツに紺のスラックス。2人の首には「丘中 校区巡回中」の名札まで掛かっている。
 つまり、いくら年頃の男女2人で食事をしていようとも、まったく世間の誤解を生まない仕様になっていた。


「ハンバーガー2個いくんですか。結構量召し上がるんですね」

「そうですかね…?これでも学生の頃より全然食べなくなりましたけど。」

「学生の頃って、やっぱりサッカー部だったんですか?」

「いや、全然。剣道部でした」

「え、意外です」

「サッカーなんて遊びでやるくらいだったから、一昨年ボスからサッカー部顧問って言われた時はマジで焦りました」

 部活の顧問決めは、本人の希望通りとはいかない事もある。動ける若手は経験問わず運動部に回されがちだ。
 丘中のサッカー部は毎年県大会ベスト8に入る強豪なので、必然的に顧問も忙しい。一昨年、ずっと顧問兼監督をしてきた奥田先生が退職し、松永が引き継いだ事は若葉も知っていた。


「すごいですね。未経験からやるなんて。ボスも無茶振りですよね」

 ちなみにボスとは校長だ。外で校長先生、なんて言うと目立ってしまうので、暗黙の了解でボスと呼ぶ。

「さすがに即答できなかったですけどね。奥田先生ともいっぱい話して、背中を押してもらいました。
――ところで、中原先生は吹奏楽やってたんですか?」

「あ、はい。中高とトロンボーンをやってました。」

「へー。じゃあ自分の楽器持ってるんですか」

「ありますよ。音が大きいので、家ではなかなか吹けないですけど…」


 松永とは同じ2年生を受け持っていながら、これまであまり話した事がなかった。若葉は2年1組の副担任、松永は2年3組の担任だ。
 松永の印象は、礼儀正しくてテキパキ動く先生。なんだかんだ体育会系の教員業界では、松永みたいなタイプは重宝される。

「そろそろ戻りますか」

 あんまり長居してもサボっているなどと通報されそうなので、おしゃべりもそこそこに戻る事にした。

「松永先生は午後いっぱい仕事するんですか?」

「あー、はい。実は5年研のレポートができてなくて」

「松永先生今年なんですね。うわー、お疲れ様です」

 5年研とは教員5年目の研修だ。指導法やら公務員倫理やら、結構な量の課題を課される。

「私去年でしたよ。参考になるか分かりませんけどレポート貸しましょうか?」

「いいんですか。助かります。丸々写したりはしませんので!」

「ふふっ、生徒の宿題じゃないんだから丸写しはやめてくださいね。
 実は私も切羽詰まって、去年同じ学校にいた同期に助けてもらったんです。松永先生は丘中に同期の先生、いないんでしたっけ?」

「あ……えっと……はい。」

「?」

 何となく松永の返事の歯切れが悪い気がしたが、心当たりもないのでその場で流した。
 

「じゃあ、俺教室で作業しますので…」

 そう言って松永は階段を登っていった。
 
 
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