とある教員の恋愛事情
松永と三住先生は、丘中で5年前に出会ったそうだ。
同期として入った2人は研修で一緒に過ごす時間が多かった。当時、三住先生は新卒で、松永が1年先輩だったことから色々と相談にのるうちに、翌年には付き合うようになったらしい。
どちらかが学校を異動するまでは、と、周りに隠しての付き合いを続けていたが、教員3年目で三住先生に試練が訪れた。
三住先生は初めて3年生を担任した。そのクラスで、ちょっとした事件があった。クラスの中でも目立つグループの男女が恋愛関係でこじれ、周りを巻き込んでクラス内が対立してしまったのだ。
三住先生は生徒に丁寧に事情を聞き、何とか事態を丸く収めようとした。しかし、男子生徒が若い三住先生へ恋心を抱いたからだと変な方向に噂が流れ、受験生の我が子を心配する保護者達からも圧力をかけられ、冬を迎える頃には三住先生はかなり追い詰められていたらしい。
その時松永は別学年を担任しており、三住先生の相談に乗っていたそうだ。しかし、ちょうど成績処理の時期で忙しくなり、冬休み前には来年度のサッカー部顧問を打診され、松永自身も悩んでいた時期だった。
年が明けやっと2人で初詣に出かけた時、こう言われたらしい。
「私、3月で辞める。郁人とも、もう付き合えない。ごめんね、別れてほしい」
松永は驚き、理由を聞いたが詳しくは教えてくれなかったそうだ。言葉通り、3月に三住先生は学校を辞めた。
「結構、ショックでさ。悩んでるって知ってたのに、その深さを見誤ったっていうか…別れようって言われた時にはもう、俺の言葉なんて届かないくらい弱ってて…」
松永は力なく笑った。
「だから、申し訳ない気持ちが強くて、今でも三住に会うと無意識に構えてる。余計な事言って、辛い事思い出させたくないなとか」
「……うん」
「――まあ、そんな感じ、です」
ひと通り話し終え、松永はグラスの酒を飲み干した。
「何か、気になる事とかあれば聞いて」
「……どっちが告白したの?」
「え……それさ、本当に知りたい?」
「うん」
「……………………俺、だったかな…」
「ふーん」
「……彼女の事、どのくらい好きだった?」
「……………若葉…?」

今さらそんな事を聞くなんて意地悪だし、不毛な質問だと分かっている。気づけば若葉の両目には涙が滲んでいた。
「ごめん。やっぱりこんな話しなきゃ良かった?」
「……」
「でも、過去の話だよ。全部忘れてゼロにはできないけど、今の俺は若葉の事が好きだから。そこは信じて?」
「……ごめん。郁人は、悪くない
……もっと…私、冷静に流せると思ったのに…」
一旦気持ちが溢れると、涙が止まらない。
いいよ、と言って松永は頭を撫でてくれた。