とある教員の恋愛事情



「こんにちはー!スプーン食堂です。」


12時少し前に、頼んだお弁当が届いた。
黒いプリントTシャツを着た女性が職員玄関のベルを鳴らす。

「ありがとうございます。」
 若葉がお弁当を受け取り、支払いをしていると後ろから浜中先生の声がした。

「きゃー!絢香ちゃん、元気だったー!?」
「浜中先生!元気ですー!」

 どうやらこの配達の女性が、浜中先生の知り合いだったようだ。先生、と呼ぶのなら教え子だろうか。浜中先生なら、私と同世代の彼女も教え子にいるはずだ。

 2人の話が盛り上がっているので、若葉は先にお弁当を持って行こうと歩きかけた。すると、松永が降りてきた。

「あ、お弁当ですね。俺持ちますよ…」
 そう言って松永が手を差し出した時――
 
 
「あっ、松永先生!ねえねえ!絢香ちゃんだよ!久しぶりじゃない!?」

「……え」

 浜中先生の声に、松永が固まった。
 お弁当の包みを渡しかけた若葉もつられて固まる。

 え、何その反応…?

 松永は一瞬ひどく驚いたようだったが、2人に近づいていった。若葉をスルーして。

 いや、別に私の事はスルーでいいんだけど。さっきの驚きようは何だろう。彼女は浜中先生の教え子と思ったけど、松永先生も知り合いなの…?

 そんなことを考えながら、若葉はお弁当を配った。





「ねえ若葉ちゃん、私、やってしまったかもしれない…」
「え?なんの事です?」

 ここは保健室。職員室よりゆっくりできるから、と浜中先生に誘われ、一緒にお弁当を食べていた。

「さっきの、お弁当屋さんの子ね、三住絢香ちゃんっていうんだけど、一昨年までここの先生だったのよ」
「えっ、そうなんですか!?それがどうしてお弁当屋さんに?」
「うーん、その時彼女のクラス色々あって、荒れちゃったのよ。彼女も頑張ってたんだけど、疲れちゃったみたい。その年の3月に退職しちゃったの。」
「はぁ……」

 私達のような若手の教員が辞めるのは珍しい事ではない。力不足、と言われればそれまでかもしれないが、どんなクラスにもリスクはある。ただ、ほんの少し対処を間違うだけで、あっという間に学級崩壊が起きてしまう事もあるのだ。


「それでね?彼女が明るい顔してたから私は嬉しかったんだけど、松永先生に声をかけたのはダメだったかも」
「何でですか?」
「うーん、あくまで噂だけど、当時、三住先生と松永先生って付き合ってる噂があって。私、そんな事すっかり忘れて声かけちゃったのよ」
「あー…それは…微妙かもしれませんね…」



 ……なるほど。
 あの表情は突然元カノに会ってびっくりしたからか。
 …………
 


 何だかモヤモヤした気持ちをかき消すように、若葉はお弁当を口に運んだ。
 メインの鶏肉のトマト煮に、雑穀米、色鮮やかなサラダや小さなおかずが詰まったお弁当。手の込んだ優しい味がした。


 
 
 

 

 
 

 
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