とある教員の恋愛事情

8月22日




 翌週火曜日の朝6時半。
 若葉は学校の駐車場にいた。

「森田先生、おはようございまーす」

「お、中原先生おはよう。今日は降らなそうでよかったね」

 森田は2年の学年主任であり、2年1組の担任である。あと数年で還暦を迎えるベテランで、先生方からの信頼も厚い。

 今日は林間学校の下見に行くのだ。行き先は長野県の蓼科。メンバーは学年主任の森田のほか、2.3.4組の担任。若葉は今年来たばかりだからという事で、副担任だが参加になった。

「森田先生、中原先生、おはようございます」

 若葉は思わずピクッと反応する。

 そう、つまり今日は松永とも一緒だ。
 会うのは先週の雨の日以来だった。



 
 5人揃ったので、森田の運転で出発する。
 
「今日だけど、松永先生と中原先生を登山口に下ろすから、ハイキングコース回って来てくれる?
 俺達はもう何十回も行ってるから、先に行ってホテルの人とレクや食事の打ち合わせしとくよ」

「あ、はい…わかりました」
 
 若葉と松永以外の3人はベテランなので、わざわざ歩かなくてもルートやポイントは熟知している。二手に分かれた方が早く済むのもわかる。
 
わかる…が、松永と2人と聞くと何だか落ち着かなかった。
 



「じゃ、一回りしたら連絡くれよー」
 そう言って森田達は行ってしまった。


「……じゃあ、行きますか」
「はい…」
 
 2人は歩き出した。松永はすでに来た事があるらしいので、若葉を案内する形になった。

 車山から湿原を回る約2時間のコース。気温28度。下界の猛暑に疲れた身体に、爽やかな風が心地良い。

「松永先生はここに何回来てるんですか?」
「えーと、下見と本番で5回目ですかね…中原先生は初めてなんですね」
「はい、前の学校は群馬に行っていたので…」

 コースは起伏がなだらかなので、お喋りしながら進む。360度緑に囲まれた道を歩くにつれ、雄大な景色が広がっていった。

 
「ここが一つ目のチェックポイントです。この先は滑りやすいので、ここの担当が生徒に伝えます。」
 ふむふむ、と若葉は持ってきた登山コースの地図に印をつける。
「ここから見るとめちゃくちゃ景色がいいですよ」
 松永に手招きされ、ゴツゴツした岩に手をかけ向こうを覗いた。

「わ……」

 見渡す限り湿原が広がり、遠くには雪を被った山並みが見えた。
「あれは北アルプスです。今日は特にきれいに見えますね。手前のユリのような花はニッコウキスゲ。高山植物です。」
 隣で松永が教えてくれる。

「詳しいですね。さすが理科の先生」

「いや、そんなでもないです。
 …本当は生徒にこういう事を学んでほしいんですけどね。皆で写真撮ろうとか、どの班が早いかとか、そういう事の方が楽しそうですよね、子どもは」

「あはは、わかります。もう遊びに来たと思ってますよね。泊まりでテンション上がって。まあ、私もそうでしたから、気持ちは分かりますけど」

 松永は笑った。
 また2人で歩き出す。

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