甘い恋をおしえて
もうこれ以上、なにを話しても無駄だと悟った佑貴は屋敷を出た。
母がなにか喚いていたが、もう知ったことではない。
気がつけば、もう夕刻だ。西の空が茜色に染まりかけていた。
仕事もせず、まる一日を過ごしたのは初めてかもしれない。
電源を切っていたスマートフォンには着信やらメッセージやらがあった、今は見る気にもなれなかった。
再び車に乗って、佑貴は日本橋の香風庵を目指した。
今朝、『ちょっと出かける』と言っていた莉帆も香風庵に戻っている頃だろう。
日に何度も顔を出すのはためらわれたが、もう一度子どもの顔を見たい気持ちには抗えなかった。
店に再び姿を見せた佑貴に、梓はどこか警戒した表情だ。
「もう、お見えになることはないと思っていました」
そろそろ閉店なのか、店には客の姿はなかった。
梓はスタッフに、少し早いが帰るようにと促した。
朝と同じ応接室に通された佑貴は頭を下げた。
「事実を確認してきました。すべて宮川家の中の問題でした。申し訳ありません」
突然頭を下げた佑貴に、梓は困惑した表情だ。
「何度ここに来られても、莉帆には会わせたくありません。あの子は十分傷ついたんです」
「わかっています。なんとか話をさせていただけませんか?」
実家でのことを詳しくは話せなかったが、佑貴はひたすら頭を下げた。
それでも、梓は莉帆は留守だと言い張る。
「どうか、莉帆と息子に会わせてください。お願いします」
「宮川さん、それは……」
「今度こそ、ふたりを大切にしたいんです! 宮川の名を捨てても!」