甘い恋をおしえて
「佑貴と結婚することよ」
「え?」
少しの間、莉帆は沈黙した。
(千紘さん、自分がなにを言っているのかわかっているのかな?)
一番に莉帆が考えたのはそんなことだった。
(私なんかに『宮川商事の後継ぎの妻になれ』と、この方は言っているの?)
莉帆の頭の中は混乱していた。言葉通りに受け取ってはダメな話だと警鐘が鳴る。
(信じられないし、悪いジョークかもしれない)
千紘の意図がわからず、莉帆は宮川家が仕掛けた罠としか思えない。
「とても信じられないご提案なんですが」
莉帆の戸惑う様子を見ながら、クックッと可笑しそうに千紘が笑う。
「そうよね、そう思うのが普通よね」
そう言いながら、千紘は佑貴のことを喋りだした。
「あの子ねえ……」
莉帆よりふたつ年上の佑貴は今年二十六歳になる。
アメリカの大学を卒業してから現地の宮川商事の支店で勤務したあと、この春日本に帰ってきたらしい。
大学時代にはそれなりにスポーツやレジャーを楽しんでいたようだが、帰国してからは仕事一筋だという。
「姉の寿江がいくつもお見合いを勧めるのだけど、どうしてだかウンと言わないの」
「まだお早いのでは?」
今どき二十代半ばで結婚しているのは、学生時代から恋人がいたり就職してすぐに結婚前提の交際を始めた人たちだろう。
佑貴の年齢なら、まだまだ独身生活を楽しみたいはずだと莉帆でも思う。
「あの子、ひとり息子でしょ? 宮川家としては一日も早く後継ぎが必要なのよ」