甘い恋をおしえて
「はあ」
莉帆は気のない言葉を返すしかなかった。
つまり、さっさと結婚させてたくさん子孫を作らせたいということか。
(相手の女性だって、困る話かもしれない)
『後継者を作れ』と言われて結婚相手を押し付けらたら嫌だろうなと、莉帆は佑貴にほんの少し同情した。
嫌いなお稽古事だって黙ってこなしていた人だ。
大人になった今でも『結婚しろ』と言われたら、嫌々ながらでも受け入れるかもしれない。
「私もあの子はすぐに母親の言うことを聞くと思ったんだけど、こればっかりはダメみたい」
「はあ」
また、中途半端な声が出てしまった。
この話がどこに向かっているのか、その先になにがあるのか見えないのだ。
「それで、理由をつけたらいいんじゃないかと思ったの」
「理由ですか?」
「そう。長年の両家のわだかまりを解消する政略結婚なら、佑貴も断らないわよ」
「え? そんな理由ですか?」
「ビジネスよ。大昔のことをいつまでもネチネチと咎めるような家だと思われていたら、今後の会社の成長に影響が出るわ」
千紘は自信ありげに言うが、香風庵にメリットはあっても宮川商事の旨味は少ないのではと莉帆は思った。
「両家のバランスシートが悪すぎませんか? 宮川家にはなんのメリットもなさそうです」
「うちの父親と、あなたのおばあ様のことは聞いているでしょ?」
「多少は……」
「年老いた父にとって、小夜子さんの孫を嫁に迎えられるなんて願ってもないことよ。父が大賛成なの!」
確かに莉帆は亡くなった祖母の小夜子によく似ていると言われている。
小夜子は若い頃、切れ長な目と卵型の顔に富士額が際立っていてかなりの美女と言われていたらしい。
莉帆も古風な顔立ちで、小夜子ほどではないが美人と言えるだろう。
甲堂に莉帆を売り込むなどして、千紘は外堀を埋め始めているようだ。
「それでも、私では登美子様がお嫌ではないでしょうか?」
「母のことは気にしなくていいのよ」
千紘はこれでもかというくらい、ニコリと口角を上げたが目は笑っていなかった。
「莉帆さん、覚えてる? 梅の木のおまじない」