甘い恋をおしえて


挙式までに莉帆が佑貴と会ったのは、見合いと結納の日だけだった。
千紘に答えてからすぐに、ホテルで見合いというよりふたりの顔合わせのようなものが行われた。

ロビーからティールームへ歩いてくる濃紺のスーツを着た佑貴を見た瞬間、莉帆の胸はドキンと音をたてた。
大人になった佑貴がまっすぐに自分の方へ歩いてくる短い時間に、莉帆は小学生の頃の彼の姿を思い出していた。
真面目そうな表情。ちょっとひねくれた目つき。和菓子を口に入れた時の、柔らかく微笑んだ口元。
十代の彼と、現実の彼が目の前で重なった。その瞬間を莉帆は忘れない。
今ならわかる。あの時、恋に落ちたのだ。
彼の姿を見ただけなのに、胸が苦しくて仕方がなかった。どこに魅かれたというのでもない、ただ彼に恋したのだ。

だけど小学生の時以来だというのに、佑貴は莉帆に会っても『どうも』しか言わない。
莉帆に向ける笑顔もなければ、愛想もないのだ。
その態度は結納の日もだった。両家の家族が揃っても、佑貴はにこりともしなかった。
当事者の莉帆ですら、そんなに嫌な結婚なら取りやめましょうかと言いたくなったほどだ。

(でも、これで香風庵が持ち直すのなら)

夫に優しくされなくても大丈夫。子どもさえ産めばなんとかなる。
自分さえ心の中で佑貴に恋していればガマンできる。
その考えがいかに甘かったか、あとから莉帆は思い知ることになる。



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