甘い恋をおしえて
「ほらほら、この話はまた後日」
姉が言葉を遮った。こんな人の多い場所で話せる内容ではないのだ。
「そろそろ家に帰った方がいいじゃない、莉帆」
「あ、忘れてた。彼の秘書からお知らせメールが届いたよ。今日は夕方に会社を出るそうだ」
慌てて義兄がスマートフォンの画面を莉帆に見せた。
『出張より帰社。18時退社予定』とのメッセージだ。
「ありがとう、お義兄さん! 秘書の野村さんにいつもありがとうって伝えておいてね」
「わかった。じゃあまた」
「明日、お店に顔をだしますね。梓姉さん、お先に」
「気をつけて」
莉帆は姉夫婦と別れて、急いで会場を出る。
夫より先に帰って、彼が家に着くまでに夕食の支度をしなくては。
(助かるわ。お義兄さんと佑貴さんの秘書の野村さんが親友で)
夫の佑貴は妻の莉帆に自分のスケジュールを話さない。
いつ出社して何時に帰宅するのか。今度の出張はどこで何日かかるのか。
妻なら当たり前に知っておきたいことが、莉帆には伝わらない。
だから莉帆は義兄に頼んで情報を得て、それとなく彼の予定に合わせているのだ。
不自然にならない程度に気をつけながら、彼が生活するために必要なことをこなしている。
佑貴が莉帆の心配りを知っているかどうかはわからない。
彼にとって妻の存在などどうでもいいのだから、おそらく気にもとめていないだろう。
でも、莉帆は彼に恩がある。
この結婚で傾きかけていた実家が随分助かっているのは事実だ。
彼が暮らしやすいように、主婦業をキチンとこなそうと莉帆は決めていた。
人から見ればバカなことをしていると思われそうだが、莉帆は苦にならない。
彼にだけは知られたくないが、莉帆はずっと佑貴のことが好きなのだ。