甘い恋をおしえて
佑貴の記憶に残っているかどうかはわからないが、ふたりにはひとつだけ共通点があった。
小学生の頃、ある流派のお家元が主催する『こども茶道教室』に通っていた時期が重なっているのだ。
莉帆は和菓子屋の娘として当たり前のことだったが、彼は宮川商事の後継者として嫌そうにしながらも参加していた。
礼儀作法を身につけるために、無理やり通わされていたらしい。
初めて会った頃の莉帆はまだ小学校に入ったばかりだったし、彼は莉帆よりふたつ上だから小学校三年生だ。
毎週土曜日の午後、ふたりは顔を合わせていた。
個人的な会話をしたわけではないが、お互いに自分の点てた茶を飲んでもらうのだ。
なんとなく気恥ずかしいような、それでいて心に通じるものがあったような気がする。
ただ、決して彼には楽しいお稽古ではなかったのだろう。
いつも口をへの字に曲げていたし、お手前を習いながらも心ここにあらずと言った感じだった。
(それでもお休みせずに続けてるんだ)
彼はイヤイヤ通っていたにせよ、サボることだけはしなかった。
まだ小学生ながら、やがて宮川商事を率いていかなくてはならない運命や責任感のようなものがあったのだろう。
それに比べたら、莉帆はお気楽だった。
兄も姉もいるから、香風庵の将来なんて気にもとめていなかった。
お茶のお稽古は意外に莉帆の性にあったし、出される和菓子は香風庵のものだ。
季節ごとに変わるデザインや味。
毎日見ている和菓子も、茶席で味わうとまた格別だった。
(和菓子のよさを知ってもらいたいな)
幼い莉帆は佑貴のことが気になっていた。淡い初恋だ。
莉帆の家、高梨家と佑貴の宮川家との因縁ある関係など莉帆には知る由もなかった。