甘い恋をおしえて


「こら、井村監督でしょ」
「いいですよ、僕と碧仁は友だちだから」
「うん!」
「でも……」

譲二は笑いながら莉帆の手から荷物をヒョイと取り上げると、スタスタと歩き出した。

「さ、碧仁。職員寮まで走るぞ!」
「わあ~、待って~」

息子は駆け足になるが、譲二の歩幅はいつも通りだ。
ゆっくり歩く譲二とパタパタと走る息子の姿が可笑しくて、莉帆はつい笑ってしまった。

「晩ごはんな~に~」

走っていた息子が急に振り向いて、莉帆に大きな声で聞いてきた。

「今日はカレーだよ」
「やった! カントクも一緒に食べよ~ね~」

苦笑している譲二は、きっと甘いお子さまカレーでも美味しいって言ってくれる人だ。
もう何度か碧仁にせがまれて夕食に付き合ってくれている。
譲二はとても碧仁を可愛がってくれるので、周りからは独身の井村の隠し子かと面倒な噂をされたこともあった。
莉帆は職員寮に出入りすると誤解されると譲二に言ったのだが、彼は『友だちなんだから、堂々としよう』と言ってくれた。
結果的には譲二の意見が正しかった。
近頃では、ふたりは仕事上の付き合いだと周りも理解してくれている。

(カレー、多めに作っておいてよかった)

莉帆はニコニコとふたりの後ろ姿を見つめる。
大学の職員寮までのわずかな道のりをのんびりと歩く。このなんともいえない黄昏時が、莉帆の一番の幸せだった。




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