甘い恋をおしえて


九月で五歳になる碧仁は、父親の佑貴によく似ている。
キリっとした眉や、形のいい鼻。
もう少し大きくなったら、莉帆が初めて出会った頃の佑貴そのものだ。

(碧仁が元気に育ってくれてよかった)

碧仁は、あの新年会の夜に授かった子だ。
初めて夫に抱かれた莉帆は、まさか処女だった自分が妊娠するとは思ってもいなかった。

夫だった人とのたった一夜の関係で授かったとしても、莉帆にとってこの子は宝物だ。
莉帆の父がつけてくれた名前の通り、輝く宝石のようだ。

夫と過ごしたあの夜のことは、忘れたことはない。
やっと結ばれて夫婦になれた。これからは佑貴と心が通じるかもしれないと思えた。
だが翌朝、実家に帰ってしまった彼はマンションで待つ莉帆のもとに二度と帰ってこなかった。

(宮川の家でなにかあったのかな)

宮川家で誰か病気にでもなったのかと心配していたら、数日してから千紘が硬い表情でマンションにやってきた。
宮川家の顧問弁護士も一緒だった。

嫌な予感がしたが、応接室にふたりを通した。
ソファーに座るなり、千紘は莉帆に頭を下げた。

『ごめんなさい、莉帆さん。佑貴と別れてほしいの』

頭をガツンと殴られたような衝撃だった。
結婚してくれと莉帆に言ったその口で、今度は別れてくれと言うのだ。

『り、理由を聞かせてください』

向き合って座りながら、莉帆は体温がどんどん下がっていくのを感じていた。
震える声で、ひと言だけ千紘に尋ねた。

『佑貴が、もうあなたと暮らせないって』
『そんな!』

あんなに強く情熱的に求めてくれたのにと思うと、千紘の話はにわかには信じられなかった。

(別れるために、抱いたの? 高梨家に対する復讐?)

甲堂の縁談を断った小夜子の代わりに、莉帆を傷つけるために抱いたのだろうか。

(まさか……)


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