甘い恋をおしえて


莉帆の実家の高梨家が経営する香風庵は、京都にルーツのある老舗の和菓子店だ。
古くは京都御所にも出入りを許されていたと記録が残っている。
茶会の席に相応しい季節ごとの主菓子(おもがし)や干菓子はもちろん、羊羹や最中など上品な甘さが受けて人気が高い。
昭和になってから東京に居を移し、日本橋に店を構えた。一時は全国のデパートにも出店する勢いだった。

だが、その名声は十数年前に砕け散っていた。
その原因は、宮川邸で開かれた大きな茶会だと言われている。
茶会が終わってから、宮川家当主の妻の登美子(とみこ)が高価な菓子鉢がないと騒ぎだしたのだ。
当日の菓子を扱ったのは香風庵だったので、水屋に出入りしていた莉帆の祖父の高梨充康(たかなしみつやす)の責任が問われた。
事実、江戸時代から宮川家に伝わる黄瀬戸の菓子鉢が忽然となくなっていた。
充康は知らないと否定したが、茶会の亭主だった登美子は充康が盗むか壊して隠したという。
宮川家当主の甲堂(こうどう)は、きちんと確認もせずに疑わしいというだけで香風庵を出入り禁止にした。
そのうえ自社と取引のあるデパートからも香風庵を締め出したのだ。

事実はグレーのまま明らかになっていないが、両家は疎遠になった。
充康はなぜかこの事件について、いっさい口を閉ざしてしまったので真相は闇の中だ。
この時から香風庵の名誉や品位は損なわれ、経営は厳しくなっていった。



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