甘い恋をおしえて
夏休みに入るまで、莉帆は大忙しだった。
宮崎に残る部員たち用の夏期合宿の献立を考えたり碧仁を連れて東京の高梨家や京都の両親に顔を出す準備をしたりと、やることがいくらでもあった。
事前に荷物を送り、羽田に向かう飛行機に乗ってやっと落ち着いたくらいだ。
碧仁を窓際に座らせたが、飛行機から見える雲だらけの景色が嬉しそうだ。
それにおじいちゃんおばあちゃんや、叔父さん叔母さんたちと会えることが楽しみで今からはしゃいでいる。
考えてみれば毎日、莉帆とふたりだけの生活だ。
保育園に行けばお友達や先生がいるが、幼いながら寂しい思いをしていたのかもしれない。
「ねえねえママ、東京のおじちゃんはお菓子屋さん?」
「そうよ」
「京都のおじいちゃんも?」
「そうよ。もう亡くなってるけど、碧仁のひいおじいちゃんも和菓子屋さんなの」
「ひいおじいちゃんって?」
「うんとね、おじいちゃんのお父さん」
莉帆はうっかり『お父さん』という言葉を喋ってしまい焦った。
これまで碧仁には、父親の話をしたことがなかったのだ。
碧仁は、まだ自分に父親の存在がないことに疑問を抱いてはいない
だがいつかは父親について聞かれたるだろう。莉帆はその時になんて答えようかと悩んでいる最中だ。
「お菓子と和菓子って違うの?」
碧仁は『お父さん』が気にならなかったのか、すぐに興味があるお菓子という言葉に話題が変わる。
「碧仁にはまだ難しいかな?」
ふいに通路を隔てていた譲二が碧仁に話しかけてきた。
「あ、すみません。うるさくして」
「いえいえ、碧仁の話は聞いてて楽しいですよ」