甘い恋をおしえて
サッカー場に着いてクラブハウスに荷物を降ろしていたら、碧仁は部員たちにつれられてグランドに遊びに行ってしまった。
「試合まで時間があるから、広い芝生を走らせてやりますよ」
「いつもすみません」
部員の中には教員を目指している学生もいるので、つい甘えてしまった。
ロッカールームに軽食と飲み物を準備してから、グランドが見渡せるスタンドに上がる。
莉帆が見ていたら、小さな碧仁が大柄な部員たちと鬼ごっこをしているようだ。
キャッキャッと碧仁ははしゃいでいる。芝生の上だから、少々転んでも平気で起き上がっている。
「楽しそう」
思わず口に出てしまう。
ここで過ごしているうちに、息子はまた活発になっている。
そろそろ莉帆が遊び相手では、物足りなく感じるかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、突然名前を呼ばれた。
「莉帆」
最近では、名前を呼ばれることなど滅多にない。たいてい『高梨さん』だ。
莉帆はゆっくりと、聞き覚えのある声の方を振り向いた。
「佑貴さん」
前より少し痩せた佑貴が、スタンドの莉帆より高い位置に立っていた。
サッカー場だというのにピシッとしたスーツ姿だから仕事中なのだろう。
莉帆の胸はドキドキと音をたて始めた。
あの見合いの日と同じ、自分でもコントロールできない高鳴りだ。
佑貴の姿を見ただけなのに、莉帆は平静さを失いかけた。
彼の周りには数人の外国人もいる。
この場にふたりきりではないのだと思うと、少し落ち着きが戻ってきた。
「なぜ、君がこんなところに?」
ふたりは黙って見つめ合う。
どちらも言葉が見つからないのか無言のままだ。
スタンドに譲二がやってきた。