甘い恋をおしえて


世間はこのスキャンダルに飛びついて、面白おかしく噂した。
高梨家と宮川家には、事件のかなり前から因縁があったのだ。
充康の妻、莉帆の祖母の小夜子(さよこ)は宮川家の当主甲堂(こうどう)の許嫁だった。
大きな商社を経営している宮川家の後継者との縁談を蹴って、小夜子は和菓子店の跡取り息子の充康を選んだ。
当時は『財産より愛を選んだ』といわれたらしい。

この話を初めて聞いた時、莉帆は祖母に大胆な行動をとらせた祖父を見直したくらいだ。

(心から愛しあうって、凄いことなんだ)

幼い莉帆が恋愛に憧れを抱いても不思議ではないだろう。

婚約者を奪われた甲堂も、すぐに不動産会社の令嬢だった登美子と結婚した。
表面上は何事もなく年月は流れ、両家はビジネス上の良好な関係を築いていた。

それが崩れたのが、小夜子が亡くなって一年後のことだ。
『菓子鉢事件』と両家の騒動は呼ばれ、香風庵の評判は地に落ちた。
弥生三月の中旬、宮川邸で開かれた大茶会には当時九歳だった莉帆も参加していたが、まだ幼くて事件のことなど覚えていない。
ただ茶会を境に、高梨家の暮らしがガラリと変わってしまったのはわかっている。

祖父の充康は愛する妻に先立たれて落ち込んでいたうえに、この事件で仕事も上手くいかなくなって失意のうちに亡くなった。
事業は縮小しなければならないし、莉帆の両親は毎日のように金策に走り回っていた。
莉帆はポツンと放って置かれた状態だったが、兄姉がいてくれたおかげでなんとか無事に育ったようなものだ。






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