甘い恋をおしえて
「ヘイ、ママ!」
碧仁が最近お気に入りの言葉だ。
サッカー選手が『ヘイ!』とか『パス!』とか試合中に呼びかける言葉をいくつか覚えていて真似るのだ。
「またそんな言葉使って!」
佑貴を意識しないよう、莉帆はいつも通りに振舞った。
だが、碧仁を連れて奥から出てきた梓や和歌が息を呑んで固まった。
店員たちもいつもと違う雰囲気を感じているのか、少し離れた場所からこっちを見ている。
碧仁以外の全員に緊張感が漂っているが、誰もなにも言わない。
梓たちはピクリと動きもせず、成り行きを見守っている。
莉帆は迷った。
すぐに碧仁の手を引いて店から出るべきだと思うのだが、動けない。
佑貴は、じっと碧仁の顔を見ている。
無言のまま、まさに釘づけになっているようだ。
要だけが冷静に、次の行動に移った。
ヒョイと碧仁を抱き上げると、スタスタと外に向かって歩き出したのだ。
「行こう」
「ええ」
おかげで、莉帆も動けるようになった。要の後に続く。
「莉帆、待ってくれ話を」
無視されたと思ったのか、佑貴が焦った声を出す。
「ちょっと出かけるの。私からは、あなたとお話しすることはなにもありません」
キツイ言葉だと思ったが、莉帆は佑貴の顔を見てはっきりと言いきった。
要に抱き上げられた碧仁は、ニコニコと笑顔を佑貴に向けたまま手を振っている。
「バイバ~イ」