甘い恋をおしえて


兄の(やすし)は莉帆よりひと回り以上も年上。
事件当時はもう和菓子職人として働き始めていたから、毎日大変だったと思う。
忙しいのに莉帆の食事を作ってくれたり、夜寂しがった時は一緒に寝てくれたりと莉帆の面倒を見てくれた。

姉の梓はすこしキツイ目つきをしているから怖そうに見えるが、本当は気持ちの優しい人だ。
莉帆より十歳年上だから、まだ小学生だった莉帆をとことん可愛がってくれた。
勉強を教えてくれたり身の回りの世話までしてくれたりして、姉というより母親のようだった。

どん底から()い上がるのは厳しいことだ。
両親は逆風の中だというのに、香風庵のルーツでもある京都に帰って店を構えた。
原点ともいえる京菓子のイメージを取り戻し、老舗の名誉を守ることを選んだのだ。
靖は東京の店を大衆路線に切り替え、梓がウエブデザインの勉強を始めてからはホームページを立ち上げてネット通販にも力を入れた。

あれから十年以上が経つ。
香風庵はアイデアと古参の職人たちの腕もあって、徐々にかつての勢いを取り戻しつつある。
その間は苦労ばかりではなかった。
靖も梓もそれぞれ好きな人と結婚して、今はとても幸せそうだ。
靖の妻、和歌(わか)は忙しい夫や職人たちのために食事を作り、少しでも居心地よくと家を守っている。
梓が結婚した近藤要は香風庵担当の銀行マンだったが、店の業績がぐんぐん持ち直していくのを間近で見ていて商売が面白くなってきたらしい。
さっさと銀行を辞めて、香風庵の経理やネット通販を手伝う道を選んでくれた。

もちろん、離れている莉帆の両親だって京都でがんばっている。
家族がそれぞれに力を尽くしてきたからこそ、現在の香風庵があるのだ。



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