大嫌いの先にあるもの
午後8時。引っ越し先の当てが見つからないまま、Blue&Devilでのバイト時間になった。バーテンダーの制服に着がえて、店に出ると今日もバーは賑わっている。

ステージでは肩の出た真っ赤なドレス姿の愛理さんがfly me to the moonをしっとりと歌い上げていて、大人なムードが漂っていた。

バーカウンターに入ると、宮本さんの指示でカクテルを作った。バイト二ヶ月目で、ようやくお客様に出すカクテルが作れるようになった。責任ある仕事を任せてもらえるようになったのは嬉しい。

「春音ちゃん、次、カシオレね」

「カシスオレンジですね。はい、ただいま」

手帳を開いて作り方を確認。材料は氷、カシスリキュール、オレンジジュース。リキュールは重たいから二回に分けて混ぜるんだよね。

グラスに氷を入れて、手順通りに材料を入れて柄の長いバースプーンでぐるぐると回して完成。

「宮本さん、出来ました」

グラスを差し出すと、宮本さんのチェックが入った。

緊張する。

「うん。出していいよ。そちらのお客様ね」

宮本さんがカウンター席の女性のお客さんに視線を向けた。

「お待たせしました。カシスオレンジです」

お客さんがこっちを見て微笑んでくれた。オーダーのカクテルが似合う可愛らしい人だ。

「あの、課長じゃなくて、彼にもカクテルをお願いします」

女性が隣のスーツの男性を見た。女性より10才以上は年上に見える。

課長って言いかけたけど、会社の上司とかなのかな。でも、課長って呼ばれた人、女性の事、ミヅキって呼んでたよね。カップルなのかな……。

「どのようなカクテルにしますか?」

「口当たりがさっぱりしてて、夏らしいのがいいかな」

穏やかな調子で男性が言った。大人の男性って感じで素敵な人だな。

甘くないカクテルがいいよね。そうだ。宮本さんに夏のおすすめだって教えてもらったのがあった。

「お客様、ラムベースのカクテル、ダイキリはどうですか?」

「いいね。いただこう」

「只今用意いたします」

えーと、氷、ホワイトラム、ライムジュース、シュガーシロップをシェイカーに入れて、勢いよく振って、次はショートカクテル用のグラスに注いで……あっ!グラスが倒れた。

作ったカクテルが全部作業用のテーブルに零れた。床にも流れていく。

片付けなきゃ。カクテルも作り直さなきゃ。
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