大嫌いの先にあるもの
「春音ちゃん、カクテルは俺が作るから掃除して」

おろおろしてると、宮本さんが来てくれた。助かった。

「すみません」

もう何やってるんだろう。今夜はお客さんがいっぱい入っていて忙しいのに。宮本さんに迷惑をかけてしまった。

布巾で掃除しながら胸が苦しくなってくる。
なんか泣きそう。

アパートは解体されちゃうし、明後日までには出ないと行けないし……。

「春音ちゃん、片付け終わった?」

宮本さんの声にハッとした。

仕事中に余計な事考えていた。しっかりしなきゃ。

「終わりました」

「じゃあ、ホールに配達お願い。ピーチフィズ10番テーブルね」

「はい、行ってきます」

宮本さんにカクテルを渡され、カウンターを出た。

10番テーブルはステージに近い所だったよね。

あった。あそこだ。

「お待たせしました。ピーチフィズになります」

カクテルを届けた後、戻りながらざっと客席を見た。
テーブル席にも、ボックス席にも黒須の姿がない。

いつもだったらカウンター席にいるのに、今夜はまだ姿を見ていない。
どうしたんだろう。バーに来ていないのかな?

住むところ、相談したかったのにな。

さんざん大嫌いだと言っといて、困った時に頼るのは調子が良過ぎるかな。
これは神様に頼るなって言われてるのかも。

明後日の私はどこにいるんだろう。
どこにも行けなかったら、公園とかで生活する事になるのかな。

まだ泣いちゃダメ。仕事中だ。

下を向いて歩いていたら、思いっきり肩がぶつかった。

「す、すみません」

顔を上げると吉村さんがいた。

「立花さん、ぼさっと突っ立ってるんだったら、女子トイレの掃除行って来て」

「は、はい」

吉村さん、こわっ。
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