大嫌いの先にあるもの
「春音ちゃん、もうあがりだろ?」

バーカウンターに行くと、宮本さんに声をかけられた。

「もうそんな時間ですか」

腕時計を見ると11時を過ぎていた。

ずっとホールを行き来していたから時間を気にする暇もなかった。

「ホールが足りなかったから春音ちゃんが入ってくれて助かったって、さっき吉村さんが言ってたよ」

「本当ですか?」

あの吉村さんがそんな優しい言葉をかけてくれるなんて信じられない。今夜もいっぱいミスをして叱られたし。

「本当だよ。春音ちゃん、よく働いてくれるから助かるって」

単純に嬉しい。一生懸命働いて良かった。

バーカウンターを見ると愛理さんがバンドのメンバーと一緒にお酒を飲んでいた。やっぱり黒須はいない。

「もしかしてオーナー捜してる?」

宮本さんの言葉に慌てて、カウンターから視線を逸らした。

「い、いえ、そんなんじゃ」

「オーナーは一昨日からニューヨークに里帰り中だよ」

黒須も日本にいないの?

「春音ちゃん、もしかして知らなかった?」

「はい、何も聞いてなくて」

黒須、連絡くれなかったな。
大切な妹だって言ったくせに。

なんだろう。
物凄く寂しい。

「あの、オーナーはいつ帰って来るんですか?」

「うーんと、来週の水曜日って言ってたかな。そう言えば、困った事があったら相沢マネージャーに言いなさいって、オーナーから春音ちゃんに伝言があったんだった。言うの遅くなってごめんね」

困った事があったら相沢さんにか……。

今は気まずくて顔が合わせられない。

「いえ。大丈夫です。困った事ないんで。じゃあ、お疲れ様です」

「うん。お疲れ」
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